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19/07/20 昭和・戦後・日本より3題 … 土方巽と細江英公, 山名文夫、アーティスト・ユニオン

■はて面妖な。聞いたこともない見たこともないダンスの、しかも前衛舞踊の公演のパンフレットであることはわかります。ですがしかし。
「DANCE AVANT-GARDE」と云い「女流 AVANT・GARDE 舞踊公演」と云い「女流AVANT-GARDE」と云い、一体、どれがタイトルなのやら、それさえ判然としない。でも、このタイトルさえ判然としない公演を演出したのは津田信敏、大野一雄、土方巽、若松美黄であると云うし、会場ロビーでは「特別参加 細江英公写真展」が開かれているし、実際その細江による「女流アヴァンギャルド13人の唇」という作品が表2一面に使われているし、巻頭言には三島由紀夫、勅使河原宏、武智鉄二なんて名前が並んでるし。
さらに。
昭和35(1960)年当時、津田信敏舞踊学校で活動していたと見られる女流前衛舞踊家13名と大野慶人等によって結成されたPOWWPWによる計14作品には、津田はもとより若松、土方も大野も多数の作品に出演、ジャン・ヌーボーも出てるし、川口秀延は与謝野晶子役で踊る作品を発表してるし、シャンソンで丸山明宏が参加してるのもあるし、中林忠良が美術を手掛けたのももあるし。
果ては土方とその元妻・音来サヒナ、後妻・元藤燁子の名前が並ぶは、そもそも「女流AVANT-GARDE」が置かれていた「津田信敏舞踊学校」が後のアスベスト館になるわけで、60年代の幕開けに相応しく、当時の前衛芸術のドロドロでぐしゃぐしゃな状況を丸ごと抱え込んでいた様子が十二分に伝わってきます。
云い遅れましたが、この公演は1960年4月に都市センターホールで上演されたもので、当品には未使用のチケット(画像中、枡形の赤い小さな紙モノがそれ)が付いています。
話は少し戻って、とんでる女性を多数擁して舞踊学校を運営していた津田信敏とはどういう人か。恥ずかしながら、小店店主、この人のことはほとんど知りませんでした(こういうのが本当にやばい)。
津田信敏は1935年にドイツに渡りモデルネ・タンツを勉強して帰国。活動を開始したのは戦後1953年頃からだったらしく、この頃から「石井漠、高田せい子系統のモダン・バレエ」にも、「江口隆哉、宮操子のモダン・ダンス」にも組することなく、むしろその「創造のパターンのマンネリ化にホコ先を向け」ていくことになったと云います。1959年には江口隆哉の下を離れた大野一雄が津田の仕事に協力、同年「第1回女流アヴァンギャルド」を開催。今回入荷したのは翌年に開催された第2回開催分のパンフレットとチケットということになるわけですが、巻頭言の内、佐藤寅雄のメッセージには「第一回公演は強い批判をあび」とあることから、斯界に波紋を広げる内容であったことは間違いなさそうです。 

津田をはじめ当時の舞踊界をめぐる重要な点については、大局から小事に至るまで、及川廣信氏がご自身のブログに大変詳しく紹介されているので、ご一読をお勧めいたします。上記「」で括った文章の一部は、こちらから引用させていただきました。https://sites.google.com/site/oikawahironobu/Home/60nendai
さて、主役の「女流アヴァンギャルド」ですが。土方巽の二人の夫人をのぞき、「女流」の面々が今日ほとんどその名前を追うことはできませんでした。一方、土方巽が「暗黒舞踏」を初めて名乗ったのはこの公演の翌1961年。以来、「世界のヒジカタ」へと登りつめていくことになります。舞踊芸術と舞踏芸術の変節点に位置付けられるパンフレットといっても過言ではない珍品。
 
今週は全点戦後昭和の日本から。
大正12(1923)年、プラトン社に入社、以来30年にわたり商業美術界で活躍した山名文夫のデザイナー業30年を記念した催しに関する小冊子2点。どちら昭和28(1953)年に発行されました。
画像向かって左は『Yamana Ayaoを語る』と題した二つ折り・4Pのエフェメラ。「デザイン生活30年記念 商業デザイナー 山名文夫をねぎらう会」と副題にあることから、「ねぎらう会」参加者他関係者に配られたものと推測します。原弘、新井靜一郎、山六郎等6つのテキストと山名のカット入り。
画像右側、表紙がカラーの冊子は『目録 Yamana Ayao 個展』として作成された表紙含め8Pの冊子展覧会は銀座の資生堂ギャラリーで開催されたもので、大正14年頃から直近の作品まで、山名自身が選んだ106点の展示作品をリスト化、これに山名の挨拶分を付した構成。表4は美術出版社から出版する『Yamana-Ayao挿画集』の概要と山名の文章が掲載されています。
いずれも山名の作風に相応しい、たいへん瀟洒な印刷物です。
 
 

■これだけ大きな動きであれば、ケンサクすればすぐに全貌が分かるものと思っていたのに、あれれ、実はそうでもないかも? と認識を改めつつあるのが『アーティスト・ユニオン・シンポジウム』1976年に開催されたこのシンポジウムに関係する印刷物・コピーなどが入荷しました。アイテムとしては①機関紙『アーティスト・ユニオン』創立特集号~10号揃い(合併号含む8点) ②挨拶状(交流会への招待) ③DM ④作家・出品目録 ④プログラム(手書き原紙のコピー) 。画像にとったこれら4アイテムの他に、⑤「'60年展経過報告と質疑」(1975年9月8日 付) ⑥「アーティスト・ユニオン規約書 原案」(1975年9月4日付)を付した一括です。
 
「アーティスト・ユニオン」とは、ジャンルや地域といった旧来からの垣根を超えて、芸術家の自律的な同盟組織を目指して結成した組織であり、「アーティスト・ユニオン・シンポジウム」はその結成第一回展にあたります。
作品出品に参加したアーティストは約180人。吉村益信、嶋本昭三、松沢宥、工藤哲己、池田龍雄、桜井孝身、水上旬、小杉武久、マッド・アマノ、田部光子、山崎つる子、ヨシダ・ヨシエ、針生一郎など
他に日替わりの企画で、フイルム・シンポジウム(松本俊夫、石崎浩一郎他)ミュージックシンポジウム(小杉武久、タジマハール旅行団他)なども。
アーティスト・ユニオン結成初期の資料として、一括での販売を予定しております。
 
今週はこの他、アヌイの翻訳者にして劇団四季・浅利慶太の盟友だった鬼頭哲人旧蔵の慶應大学時代~劇団四季創立初期のプログラム、フライヤー、チケットなど、印刷物が入荷。劇団四季の創立時は河原温、武満徹、安部公房、寺山修司など、アヴァンギャルドな傾向もあり、これから細かい部分を確認しつつ値付けに入ります。また、戦後東京のマッチ箱ピースの広告パッケージ、戦前のネルの生地の見本帖など、商品化まで少々時間がかかるものが入荷。しばしお待ち下さい。
あ。バウハウス叢書オリジナル・ヴァージョンも入荷しております(画像左上をご参照下さい)。
 
■どこに入れれば良いのか分からない。だから投票にいかない、と云う人に。下のリンクは例えばこんなふうに考える人がいるという一例です。投票にいきましょう!
https://www.facebook.com/haruhiko.shiozaki/posts/1308930205949631

19/07/13 七夕古書大入札会からの新着品内 自店用から3点!

■先週金曜日から昨日までの8日間のうち、5日間を市場に居続けて過ごしました。「七夕」では、扱うのは生涯一度きりとしか思えない吉原治良以下「具体」諸作家による寄せ書き実作1額、小店での扱いはまだ2度目の恩地孝四郎装・北園克衛著『サボテン島』、戦中の映画雑誌61冊一括その他お客さまからご注文をいただいた商品以外に自店用の商品を落札。「七夕」終わってさらに打ち続いた市場での落札品はとりあえず措いておいて、今週は蛮勇振り絞って小店入荷にこぎつけた「七夕」の成果から3点をピックアップします。
 
1点目は小店にとっては本筋の商材と云えるフランスの図案集『COLLECTION Decors et Couleurs. ALBUM No.1』。ジョルジュ・バルビエならぬジョルジュ・ヴァルミエという人の作品をポショワールで複製、オリジナルのポートフォリオに45×35cmと比較的大ぶりの未綴じプレート20葉を収めたものです。
奥付にあたる情報が見当たらず、タイトルと作家名とで調べてみたところ、1930年に限定100部がつくられたといわれます。小店初入荷ですが、限定100部となると、これもまた、生涯に1度扱えること、それだけでもう充分な僥倖ではないかと思いました。
しかも。当書のポショワールは全てジャン・ソデ(Jean Saudé)の仕事。ジャン・ソデはご存知の通り、20世紀初頭のフランスでポショワール(ステンシル)の技法を確立した名匠であり、アール・デコ期フランスで起こった挿画本流行の立役者のひとりとでもいうべき人物です。 

そして、著者であるジョルジュ・ヴァルミエ(Georges Valmier)は日本でこそあまり知られていませんが、20世紀はじめのフランスで前衛芸術に一定の役割を果たした画家であり、英語版wikiではその生涯と業績とが詳しく紹介されています。
曰く …… はじめセザンヌの作品に触発されて印象派に傾倒、エコール・デ・ボザールで学ぶ。25歳を過ぎた頃よりキュビスムに移行、1921年からはさらに抽象絵画へと転じ、「アブストラクション・クレアシオン」に参加。画家としての活動の他、演劇・バレエの舞台美術や衣裳を手掛け、音楽家としてドビュッシー、ラヴェル、フォーレ、サティなどのコンサートや教会での演奏にも関わり、1937年の万博では装飾を手掛ける …… とあり、周辺人物としてポール・コラン、フローラン・シュミット、ジャン・アルプ、クプカなどの名前も散見されます。
20世紀初頭のリトグラフ刷の図案集から1930年代頃まで、フランスを中心にヨーロッパ各国の図案集を比較的多く扱ってきた小店ですが、ハイ・アートの世界に身をおく作家の作品であること、ジャン・ソデという名前そのものがはっきりクレジットされているなど、これまでの図案集より数ランク上、まさに白眉とでも云うべきものではないかと考えています。
買えて良かった! … と思う一方、タナバタで買ったもの悉く、思い返せばどれも売れるまで10年近くかかったことを思うにつけ、果たしてこれを僥倖と呼ぶべきなんだかどうなんだか分からなくなるのでした。
 
■「アンリ・ミショーの肉筆ドローインク入り」だけであったら果たして入札していたかどうか。1979年に英訳で限定300部が発行された『Henri Michaux : A Selection』にはフランス語でSeiji Tsutsumi=堤清二宛ての献呈識語が入っていることに惹かれ、少々粘ってパドルを上げ続けた結果、落札できた1冊。
社会人生活を当時セゾングループの一角を占めたPARCOからスタートできたことは、小店店主にとって何よりの恩恵だったという思いはこのところとくに強くなってきているだけに、堤清二を取りこぼすわけにはいきません。
フランス語の識語は達筆すぎてまだ解読できていませんが5行あり、また、ドローイングはミショー得意のアンフォルメル。人の動きをとらえたかのような不定形の描線は、フランシス・ベーコンが「ポロックより優れている」と評価したという一連の作品に通じるものです。

西武美術館でアンリ・ミショー展が開催されたのは1983年のこと。堤清二とアンリ・ミショーがいつ、どこで顔を合わせたのかは分かりませんが、この展覧会に関係した受贈書と見て間違いないものと思われます。
画像は表紙側遊び紙に添付された署名入りのドローイングとタイトルページに書かれた仏文識語署名部分。外装については左上「営業日案内」のページをご参照下さい。美本です。
 
「七夕」目録で最初から気になっていたもののひとつが「武満徹原稿」でした。市場のガラスケースに収まっていたそれは、2006年に小店が落札し、一度はお客さまの手にお渡ししたものでした。小店が落札した直後に2度ほど、比較的短い武満の自筆原稿が市場に出たものの、しかしそれ以降というもの、ハガキや書簡は出てきても原稿が出てくることはほぼなかった武満の直筆です。迷わず買い戻すことにしました。
2006年、最初に落札した際には、ウェブサイトだけで公開した特集目録を通じて販売したのですが、この時の解説を改めて読んでみると我ながら感心するような出来。以下、その時のクレジットと解説を再録します。
 
武満徹・直筆原稿 「闇のなかの夢の時2」200字詰め原稿用紙22枚完
アイテム:ボールペン書き直筆原稿/版型:20字×10行(=1枚)/ページ数:22枚・ホチキス肩一ヶ所留め /状態:1P目少傷少汚、22P目下方余白部折跡
□主に、1930年代の映画の世界で起こった事象を考察する原稿。武満が生まれた1930年製作の『嘆きの天使』から書き起こし、サイレントからトーキーへの移行とその影響、’30年代における各国の検閲事情や日本戦時下の検閲状況へと書き継ぎ、映画の“他の芸術分野とは異なる新しさ”を指摘するとともに、「トーキー映画=映画における音声の獲得」こそがむしろ、“映像のエスペラントとして、あらゆる言語の障壁を打破”し“究極的には国家間の誤解を一掃する”希望なのだとする。多数の映画音楽を手掛けた武満の心願がこめらたかのようなこの原稿は、“世界が暗い夜に覆われたとき、映画館の暗闇では、希望の灯は燃え続けていた。”と結ばれている。」
 
思えばこの頃の仕事が、ニチゲツドウの仕事のピークでした。
13年を経て、もはや向上心のかけけらもなく、引き返す道もなし。
やばい。
でもいまは「七夕」のお支払いが一番やばい。
 
 

19/06/29 1939年 日本・広東・香港 -「策」としてのメディア

■2019年も半分が過ぎてしまって、来週はもう7月。7月と云えば「明治古典会 七夕古書大入札会」。今年は7月5日(金)・6日(土)の両日業者の入札に先立って一般の方にも無料で開放、いずれの商品も実際に手にとってご覧いただけるプレビューの日となっております。
小店含め古書業者にご依頼いただければ、代理入札する運びとなるわけなのですが、そのあたりの詳細につきましては、下記の特設サイトでご確認下さい。http://meijikotenkai.com/2019/system.php
また、出品される全点について、目録が掲載されております。アドレスは下記。http://meijikotenkai.com/2019/catalog.php
加えて今年は目録原稿締め切り後に寄せられた「これは!」と云う新蒐品が会場の一角を占めるのだとか。
ディープで不思議な古書の世界のさらにディープなところへちょっと足を踏み入れるには良い機会です。ご興味ある方は是非会場までお運び下さい。
会場はこちら。http://www.kosho.ne.jp/honbumap/kaikan.html
 
■毎度のことではありますが、この「七夕大入札会」のため、来週店は7月2日(火)、4日(木)の2日間のみの営業となります。7月5日(金)・6日(土)は会場に居りますので、お急ぎとご用の向きには東京古書会館 03-3293-0161 までお電話の上、日月堂をお呼び出し下さい。
ご不便をおかけいたしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
 

■久しぶりに日本工房の仕事が1冊、手に入りました。ご存知『CANTON』の1939年8月発行・第1巻第4号。
『名取洋之助と日本工房』の図録によれば、『CANTON』は「広東の同盟通信社内に設けられた発行所から、南支派遣軍報道部の出資により刊行の英文グラフ誌で、日本工房が編集・制作した」ものであり、戦中日本を代表する対外広報誌のひとつです。河野鷹思、藤本四八等が現地で取材、東京本社の除村一学が編集にあたったとされています。
現在までのところ、1939年の「6号で途絶か?」とされており、全容把握までにはまだわからないことも多いようです。
新着品=1巻4号は表紙写真を名取洋之助が撮り、構成は板坂勇が担当。現在確認できる6冊の中でも表紙と裏表紙の写真とレイアウトでは他の巻を圧倒する完成度を見せています。
本文55P、テキストは全て英文。当号には長谷川春子による絵入りの広東・海南島スケッチ、奥野信太郎による現代中国人女性に関する記事、瀧遼一による中国音楽の詳解など。
英文で、中国の風土風俗文化を深く理解している日本人が、中国のことを紹介する ……『CANTON』は、支那事変以降の日本の対外広報戦略がどのような性格のものだったのかを、いまに伝えてくれるものです。
 
■いまならトランプによるつぶやきがそうであるように、新たな大衆メディアは常に政治に利用されるもののようで。『国策と映画』。いまならさしずめ『〇倍政権とViVi』といったところでしょうか。冗談です。
『国策と映画』は昭和14(1939)年2月に発行された東宝映画株式会社 文化映画部のパンフレットで、B5中綴じ16P全アート紙・グラビアを主軸とした編集で、表紙まわりフルカラーの他、中面は全ページ2色刷り。入荷した1冊はコンディションも完璧です。
前半8Pを使い、映画の役割 - 記録報告、教育教化、紹介普及、宣伝広告、科学技術、時局国策 - 別に、同社の制作した代表作をスチール写真多数を通じて紹介。 

後半残り8Pには、沿革、役員、株主、営業案内等企業概要と、委託映画製作費の概略や東宝系統映画館、そして昭和13年度現在までの「作品目録」をスポンサー企業・組織名を付して掲載しています。
データを視覚的にデザイン化した裏表紙には、「Art cannot non-political」というメイエルホリドの言葉が。当時、日本の国家戦略の主柱の一つだった共産主義革命を背景に登場した演劇確信運動の旗手・メイエルホリドの言葉を、そこだけ突然英文で、何の説明もなく「国策」を掲げたパンフレットに潜ませているところに、当時の映画人=教養人の精一杯の矜持を思います。
ちなみにこの当時、メイエルホリドはすでに弾圧にあって何度も投獄されており、このパンフレットが発行された翌年=1940年には死刑判決を受け銃殺されました。
 
■珍しい中国語版のグラビア誌が入荷しました。『総合図画月刊 大路』第2号(1939年3月号)。香港にあった正興公司が経営し、上海にあったアメリカ企業が印刷を担い、上海まで逃げ果せたユダヤ人の記事を写真とともに掲載し、「日本侵略者的傍徨與孤立」という論説や「抗戦中三大演出」と題した政治的演劇の役者や舞台の写真、ソ連の教育機関に取材した「蘇聯列寧格勒少年先鋒宮」の写真と記事など、1939年当時、中国都市部を舞台に複雑に交錯した各国の思惑が詰まった(と思われる)1冊です。
 
■今週はこの他、1960年代の海外のパンフレット類、戦後比較的古い時代のマッチ箱、タバコのピースの古いバッケージなど手間暇かかるあれこれが入荷、店頭に出すまでには少々お時間をいただきますが、ご興味あればお声をおかけ下さい。
 
■今週も色々ありましたが、もうはや怒りの持続もしんどくなってくる空模様です。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201906/CK2019062202000154.html?fbclid=IwAR0k-JuY_bAWJp2hNx_ULXdnJD19QLKhhv1nL8X4uO7FKdU9E3edzfGJatg 

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