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19/06/22 ベルクグリュンまたはベルグリュアンの図録と非水×カルピスの木版刷書簡箋

■2014年以来ということは5年ぶりの入荷ということになりました。パリの画廊BERGGRUENが展覧会のカタログとして発行した小冊子縦22cm×幅11.5cmと小兵ながら、表紙は毎度、往時のムルロー工房に刷らせたリトグラフという贅沢品です。
BERGGRUENはナチス政権当時、アメリカに亡命していたユダヤ系のドイツ人 Hainz Berggruenが戦後、パリで開いた画廊です。画廊主の出自か画廊の所在地か、どちらの言語をとるかによって、日本語表記はベルクグリュンもしくはベルクグリューン、そしてベルグリュアン等々、さまざまな発音による読みが混在しています。ハインツさんのコレクションを公開しているベルリンの美術館の表記がベルクグリュンなので、いま現在、日本語で調べようすると、「ベルクグリュン」が一番便利なのだということに日付が変わった頃に気付きました。
さて、カタログのそのもののお話しに戻ると、今回入荷したのは1955年から1963年頃にかけて発行された14冊。画像の一番高いところにあるレジェから時計回りに見ていくと……
LEGER(中面カラーリト16図有) / KLEE lui-meme(同7図) / L'univers de Klee(同9図) / Klee & Kandinsky(同8図) /MIRO(同17図) /HENRI LAURENS papiers colles(同12図) / Robert Motherwell Collages(同12図) / PIERRE COURTIN(写真図版のみ) / BAJ Meubles BERGGRUEN(同12図) / Pierre Soulages(同19図) / Pierre Courtin(同12図) / Max Ernst Histoire Naturelle(2色刷のみ19図) / PICASSO Dessins d'un demi-siecle(同4図) / Catalogue 1963(オフセットのみ208図)
…… といった具合。
その多くに巻頭にテキストを置く形式がとられており、署名文にはポール・エデュアール、ジャック・プレヴェール、ダグラス・クーパといった名前も見られます。 

大戦間期にパリで花開き、第二次大戦でいったん凍結されていた芸術の尖端が、再びパリの地で拓かれていくさまを刻々と写しとったようなこのカタログ。表紙から中面までリトグラフ入を多用したことによる価値は当然として、その存在そのものに大きな意味があるのだと思うのですが、さて如何なものでしょう。
販売はバラ売りで、価格については本日以降順につけていく予定ですので、いま少しお時間をいただけますようお願いいたします。
 
今年、国立近代美術館で前期後期と入れ替えて長期間開催されていた杉浦非水展。うっかり忘れていたかと思えば、行く予定を入れた日に限って野暮用が生じたりで、見逃してしまったのは今年の痛恨事のひとつになってしまいました。
画像2点目は、小店では2度めの入荷となった杉浦非水デザインによる「カルピス書簡箋」1月から12月まで、季節の草花や行事・風景など意匠化し、木版刷にした便箋1年分の入荷です。この書簡箋、果たして展覧会にも出品されていたのでしょうか…。
三越の冊子・ポスター等のデザインで知られる非水ですが、1921(昭和6)年にはカルピス社の顧問に就任、この書簡箋も顧問時代の仕事でしょうか。お正月の1枚を除く11枚には、図案との組み合わせがどれも実に洒落ている「ひすゐ」の署名入り(木版刷込)です。
サイズは縦18cm、横54cmと明らかに縦書きを意図した形式。お正月の鶴や春の桜、藤棚や百合、夕空に枯枝と鳥の群れ、波紋に紅葉など1枚1図。今回もまた12枚12図の揃いで入荷。結果、12枚一括での販売とさせていただきます。
非水の手になる仕事としては、へたをすると同時期の『百花譜』や『一般応用図案集』より残っているものの少ない珍品ではあります。
 
■今週はこれ。思えば宣伝の政治利用やPRはナチスの発明品と云っても過言ではないのですから。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00026/?n_cid=nbpnb_mled_mpu&fbclid=IwAR0S4ujbmmrEZXxohnbpPfAiKp1pmTkFMjvwCG8Rhv02U6MLh0rL3Ztkyjs
 
一方で、香港に一筋の明かりを見た一週間でした。例えばこういうシーンも含めて。https://www.youtube.com/watch?v=v1_2bpIKqV4
 
 

 

19/06/15 autograph ; 薩摩治郎八 ストラヴィンスキー 柳瀬尚紀

■よりによってプロレタリア系の作家だと云うのに、恥ずかしながら槙本楠郎という名前はほとんど念頭になく、児童文学関係筋とあってはこの人の旧蔵品については市場に出たところでほとんど手にとることもなくスルーしていたのですが、その日最後に一斉に改札する最終台のそのひとつ手前の台の上、槙本氏宛の年賀状やらハガキから、本人と関係があるとすればどういう考えであつめたものか不可解な紀元2600年や海軍関係の絵葉書など、ある種雑多なひとかたまりの出品に気付いたのは、改札まであと10分程を残す頃になってのことでした。
年度別に手製の袋に入れられた年賀状の差出人を見ると、亀井勝一郎、小熊秀雄、藤森静雄、遠地輝武、安部宙之介、武井武雄、武内俊子、黒崎義介、奈街三郎、そして後に北朝鮮で活躍することになる黄憲永などそれなりの人やその筋の方たちで(左上の画像参照)、昭和15年前後の木版画が主。印刷ですがデザインの光る女人芸術社の2通などもあって決して悪くはないものの、ブンガクと無縁になり果てた小店としてはそう強い入札動機のもてない内容です。
ところが。
この雑駁な一口のなかでも最も入札動機のもてない未使用の絵葉書のファイルの表紙を開けて出てきたのが薩摩治郎八の自筆ハガキでした。実に特徴的な筆跡は、間違えようがありません。

薩摩治郎八の自筆!
実は小店店主、この人の「草稿」で一度失敗し、尚且つその後ほんの数回と機会そのものが少なく、その度にチャレンジすれども不首尾に終わってきた薩摩の自筆ものです。
背後に迫りくる改札の足音にあせりつつ、とりあえず入札。がしかし直後に下札から上札まで1万円を上乗せした額で改め札を入れるとすぐに改札が始まって。
待つこと数分。無事落札。案の定と云うか例によって上札で。やれやれ。
前置きが矢鱈に長くてすみません。
さて、今回入手叶った薩摩の自筆は全て絵葉書で5通。父親または両親宛が4通、妹・増子宛が1通。また、両親宛と増子宛の2通が渡航先からのもので、残り3通は一時帰国していた昭和11年 ー 『薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち』掲載年譜では空白の年 - に大磯や箱根など避暑地から父親宛に送ったものです。
渡航先からの2通の内、両親に宛てた1通は封書で送ったものか切手・消印なく8月28日の日付だけですが、英国で「40フィートの大海蛇」が猛スピードで「飛んだ由デイリーメールに出ています」とあり、海外からのものと見られます。
面白いのは妹・増子に宛てて出したハガキ。41年6月5日と書かれており、かつてプラハで行った講演が反ナチ的だという理由で、前年の9月頃から軟禁状態に置かれていたニースの別荘から発信されたもの見られます。
「今オカ〃二本、魚カン詰到着 全く天よりの賜物だ よく無事着いた 有難う 有難う(中略) 全く食料、サボン等は国宝以上(後略) パンゝ」
パリ社交界の寵児だったバロン薩摩にして、日本食を断たれカンヅメ状態に置かれてしまえば渡航先でのワタクシとそう変わらない単なるガイコクの日本人となるものらしい。文末の柏手「パンパン」には思わず同情含みの笑いがもれてしまうのでした。
これら5通に代々木の薩摩邸に宛てて出された薩摩家の人々の自筆ハガキ4通をつけた9通での販売です。
しかし…何故に槙本楠雄が薩摩家旧蔵のハガキを9通もっていたのかは謎のままです。何故だ!?

バロン薩摩とラヴェルとの親交は夙に知られていますが、彼らと同時代のパリで、ラヴェルとともに音楽界の寵児となり、やがて20世紀音楽を代表する作曲家となるイーゴリ・ストラヴィンスキーの自筆署名入り・タイプ打ちの書簡を市場で落札したのはもう4か月程前のことになりましょうか。一部はヤフオクにも出品されていたようで、ご存知の方も多いかと思いますが、今年放出されたその筋では夙に知られた個人コレクションからの1点です。 

書簡は音楽批評誌Revue Musicaleの編集長だったH(アンリ).プルニエール宛、1923年11月4日付けの1枚。SIMC(またはISCM=国際現代音楽協会)の評議会議長宛てに協会には参加できないことを伝えてある。よって、Revue Musicale誌掲載のSIMCフランスセクションのメンバーリストに自分の名が載るのは何かの間違いだと考えている。次号でこれを訂正していただきたい - 要約するとこうした内容。
ストラヴィンスキーくらいになると、このように強制的と云うのか自動的というのか、いずれにしても当人の確認もあいまいなまま名前を使われてしまうことなど多々あったとも聞きます。
名前を利用されたり騙られたり、運が悪ければ難癖付けて軟禁されたり、時の人とは「時代とともに踊らされる人」の云いのようで。
今回偶々自筆もの入荷が重なった薩摩とストラヴィンスキー。ともに、奇しくも40歳頃のものであります。

■自筆ものということでもう1点。「アリスと云えば!」の高橋康也へ「ジョイスと云えば!」の柳瀬尚紀が送った自筆書簡、便箋書き3通(内2通封筒付)とハガキ4通の全7通。
要は、高橋から贈られた著書に対する礼状なのですが、不可能とされる翻訳を可能にした言葉の人が、言葉遊びに注視した人へ送ったお礼の言葉は、ある種の芸域にまで達しているように思います。曰く「ウロボロス・ヤスヤーノフという怪物の果てしなく長い尾のことを思っております。」。曰く「『ノンセンス大全』のまばゆい嬉しさにまだ酔っているうちに『道化の文学をいただき、今度はうろたえています。』。曰く「高橋康也という博識存在に対して、ぼくは失語症になるのです。」。曰く「アローマのただようお手紙をいただき、なにか頭の下がる思いです。北海道の漁師町から出てきたばかりの田舎者が、不用意にも本物の紳士に出会ったような、そんな気持ちもします。」
こんな手紙かメールが書ける老人に私はなりたい。手遅れですね。

■今週の唖然と茫然。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190614-00130084/

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190612/k10011949621000.html?fbclid=IwAR3T4iT01G18ESGP5N7QPQjHGYhQeTL_7cTecKUlsqas8azzQk2xzoLXm0Y 

19/06/01 「うつす」ということに関する3点。

■今日から6月。6月は東京古書組合南部支部主催による年に一度の大市の月。それが今年は6月8日(土)とあって、小店6月8日は午後遅く15時~16時からの営業とさせていただきます。どうかご注意いただけますようにお願いいたします。
本日6月1日(土)、来週の4日(火)・6日(木)は12時より20時まで通常営業いたします。ご不便をおかけし、なおかつ梅雨入りも近づいてきておりますが、ご来店いただければ幸いです。
また、HPの更新は来週1回お休みさせていただきます
どうか悪しからず、何卒よろしくお願い申し上げます。

画像1点目は本の上に立つベティちゃんとその愛犬パジーをかたどった金属製の置物。比較的重量があるので、ペーパーウェイトではないかと推測しています。このページ左上はその後ろ姿。前から見ても後ろから見てもかわいい。高さは10cm弱とこれまたカワイイ。がしかし、残念ながら「忠実なうつし」…というには少々苦しい造形は、わが国でもベティが大流行した昭和初期の日本製ではないかと見ています。

 

■後にインドの3大財閥と云われるようになるタタ・グループ2代目会長を務めたドラブジー・タタの婚礼を記念して、ごく小数部つくられたと思われる写真アルバムが今週の2点目。
見るところ19世紀の後半の頃のものらしく、幕末~明治の日本の写真アルバムを使ったのか、金彩画を施した重厚なアルバムに21×26cm強の鶏卵紙写真22点、横倍サイズの写真1点が貼り込まれています
タタ・グループはドラブジーの父、ジャムシェトジー・タタが1870年に貿易会社を設立したことに始まるそうで、自宅で開かれた結婚式と両家の家族などを記録した端正な写真と、この頃すでに一大財産を築いていた一族の所有する広大な土地や、贅を凝らした豪壮な邸宅の写真とで構成されています。
タタ・グループは1892年に世界初の公益信託のひとつJ.N.タタ高等教育基金を設立するなど、その名も『善良過ぎて潰せない』というタタの歴史を追いかけた著作があるほど、企業倫理の高い企業体だと聞きますが、その沿革概略を公開している同グループのサイトその他、いくもかのサイトを確認したつもりですが、このアルバムに残されている写真と同一のものは、いまのところ見い出せませんでした。
また、扉には、「R. Kawamura」と日本人の宛名が書かれているものの、一体どのような人物だったかは小店では解けない謎として残りました。
近い将来、せめてカワムラ氏の正体だけでも突き止められないかと思い、もとい、思っては、いるのですが、さて。

■社会変革、と云う点では、タタ・グループのお仲間と云うべきか…? 1950年代の国鉄工場の労働の現場と、国鉄労組による国会周辺でもデモ・抗議活動などとを収めた33枚の写真が入荷しました。戦前のプロパガンダ雑誌さながらの工場でのスナップ写真の中にはとくに力のある作品が目立ちます。
写真の1枚の裏に「日本機関紙協会」のスタンプ、別の1枚に「青年報道写真家協会 写真 山本静夫」のスタンプがあります。
「青年報道写真家協会」は写真家集団マグダムを意識して結成されたもので、山本は三木淳、大竹省二、田沼武能らとともに参加、顧問には木村伊兵衛と土門拳が迎えられたと云います(AERA dot.鳥原学連載「アサヒカメラの90年」第7回より)。
作品として見て優れているだけでなく、報道写真家を目指した人たちの視点が捉えた一瞬が、資料として見ることができる確かな記録となっていま残されています。

今週の蛇足。
https://mobile.twitter.com/tako_ashi/status/1133327621121486850?s=12&fbclid=IwAR3yYTcKf_S15KPmg6oQF8f8IgYUMoBkcBWnWkzTz7Q6Wa4ZXzQbtGkz_58

https://twitter.com/3sc5vunuphy5env/status/1127224186743603201

 

 

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