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18/11/03 戦中の中国で。東方社岡田桑三ほか日中239人の名刺は何を語るのか?

■大車輪で原稿を書いているはずなのに、何故か終わらない合同目録の制作作業。かれこれ2週間作業を続けていますが、いまの段階でまだやっと7割くらいのところであります。う。
このため、9日までは店をお休みさせていただき、本格的な営業再開は11月10日(土)からとさせていただきます
これで一体店をやっていると云えるのかどうか、かなり怪しくなってきておりますが、10日からは真面目に務めます。ご不便かけっぱなしでもはやお詫びの言葉も尽きた観もありますが、どうかよろしくお願いいたします。
 
今日もできれば目録の方の仕事に戻りたい。がしかし、こればかりはできるだけ早く入荷をお報せした方がよいのではないか。何しろ小店にとどまっていて良いものとは到底思えない。と云う新着品の入荷です。
何かといえばこの一見地味な名刺ファイル。布装の、立派だけれど誠に地味なファイルです。開いたところで変わらず地味。名刺239枚が静かに並んでいるだけ。がしかし。
市場で開いて、最初に気付いたのは岡田桑三の名刺でした。肩書は東方社の理事長。ご存知日本を代表するプロパガンダ誌『FRONT』で知られるあの東方社の岡田サンです。むむむと思ってページを繰っていくと、太田英茂やら大木實やら東方社だけでも5~6人の名前が拾えそうだし、美術評論家の一氏義良の名前もあるし「面白い! 」で最初の入札。
市場会場をひとわたり見終わって、やはり気がかりなのはこのファイルのことです。何しろ二度と目にすることができない可能性だってある。と云うので再度その前に戻れば競合する札が急増、それはそうだなと思いながら再度ページを繰れば「特務機関」だとか、例えば「華北電影股份有限公司」の名刺だけでも4~5枚あるぞというのに気付いて再入札…さらにまた、ぐるっと回って再入札。というのを何度か繰り返し、一番最初に考えた最高評価額を2倍まで上げての落札でした。
いささか高い落札だった、またしても売りにくいものをと思いつつ、がしかし見れば見るほどあやしい。大陸における日本の宣伝工作の関係者名、しかも中国側の機関や人物との関係をもうかがわせるかのようで、加えて宣伝と経済に関する所属部署名、さらに国策企業名も多い。となると国策か! 諜報か? 今度ばかりは実にあやしい。
名刺には裏書や紹介者からのメッセージが書き込まれているものも多く、これらのことから旧蔵者は武徳報社フロント部部長で日本防空報国会理事・中国支部長で北京に居た塚田宸三なる人物と見られます。 

武徳報社については「和平派(王精衛派)との日中協力によるもので、満映で宣伝工作に携わった亀谷利一が1939年に社長に就任」「北支軍報道部の山家亨が日本軍機関紙と評される『武徳報』の創設を担当した」との記述を見つけました(https://core.ac.uk/download/pdf/97061197.pdf)。
具体的に見ていくと、東方社は先の3人の他、小幡操、渡辺勉、島香武夫、桂小四郎、菊池俊吉と合計8名の名刺が収められています。
あとはランダムに企業・所属機関組織を挙げていくだけでも……
陸軍省報道部、情報局属、北支軍報道部、北京経済研究所天津支局長、満鉄旅客専務、日蘇通信社、中国連合準備銀行顧問室、華北政務委員会情報局、華北塩業股份有限公司調査部、天津陸軍特務機関、大陸文化振興会、月刊ロシヤ編集、日本宣伝協会、天津文化写真家協会、北支那開発、華北交通、日本防空報国会、月刊北支編集部、満鉄北支経済調査所、大連日日新聞、毎日新聞南方課長、同名通信北支総局、国民政府宣伝部中央報業経理處、北支派遣軍報道部、中華民国新民会中央総会事務総部、大本営陸軍報道部、国際報道、北京写真文化連盟小型映画部、新民会中央総会宣伝局、北京特別市公署宣伝處、新建設社編集局、宣伝部中央書報発行所、天津白系露人防共委員会、ヒットラーユーゲント錬成部長……
どうです?  あやしいでしょう!?
というこの勘の正誤については、ご研究者の方のご探求にお任せできればと思います。

 
■今週は映画関係でもう1点。タイトルはなく、芳名帖に使われるような経本仕立て・小型の帳面に「満洲事変映画閲覧後援会の趣旨」「国策映画大号令閲覧後援会の趣旨」と題した何やら義憤満々の文章が書き付けられたもの。
大変分かりにくいと思うのですが、前者は映画「満洲事変」の、後者は「大号令」というタイトルの国策映画の、我らが地区での上映を呼び掛けるための署名集めにつくられたもので、この文章のふたつの間と後ろには、防府町長以下、防府町とその周辺の軍人、在郷軍人会や学校のエライ方たちの署名が揃ってぞろぞろと続きます。
興味深いのが「趣旨」を記した文章のそこここに現れる違和感です。これら文章から感じられるのは、問題の本質を見ず、問題発生の原因に考えを深めることなく、或いはそ他者に対する想像力など1%もさしはさむことなく、「いまここ」」しか見ずに、それを義憤へと拡大できる思考(神経?)の不可解さです。
図らずも長州の古いこの書き付けにあるロジック、長州選出でいま現在この国のかじ取りの先頭にたつAB氏の好むところのようで。いささかやれやれな一週間の〆となりましたが、一週間後には目録からも一旦開放され、できれば晴れやかな顔でお目にかかりたいと思います!

 

18/10/20 江戸~明治の古裂と 学生たちによる忖度無用の広告批評。2点に関係はないけれど。

■一週間が経つのは早く、時差ボケからの脱却が全く追いつかない …… というのもいわゆるひとつの老化現象かと思われますが、それにしてもこのペースだと、来月半ばの「銀座 古書の市」合同目録の締め切りに全然間に合わない! しかも、2年ぶりの目録作成で、作業がものすごくトロくなっちゃってるし!!
どうするよ!!!!
 
という緊急事態を受けて、大変申し訳ございませんが、来週より最短で二週間の間、事前アポイント制とさせていただきます通常の営業日にあたる火曜・木曜・土曜日の12時から20時の間で、ご来店希望日時について、あらかじめお電話かメールでお問い合わせ下さい
ご不便をおかけし大変申し訳ございませんが、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
 
といったところで今週の新着品です。
旧蔵者とされる宇野信四郎という人の名前には全く心当たりがなく、とりあえずいつものように市場で品物を拝見。新しいものは明治、古いものになると「桃山時代」とか、なかには何と「藤原時代」なんて書かれた錦織を中心とした古裂の蒐集帖『織女餘香 五十二種』と『金絲捃拾四十五種』の2冊に、ガラス板に挟んだ(これはほんとに古そうな)更紗、組紐の老舗・道明が正倉院の宝物をもとに再現した小さな組紐、その他標本数点の一括。蒐集帖には「宇埜文庫」の朱印があります。
宇野さんという人は東京堂書店のサイトによれば、「早くから関東各地の古瓦研究をすすめ日本歴史考古学会の創設に関わりその中核として活躍」した人で、同社発行の『宇野信四郎蒐集古瓦集成』には1100点の古瓦の写真が収められているとのこと。 

古裂帖に書かれたメモを見ると、名物裂(多数!?)に始まり、八幡宮伝来もの、有名神社の旧蔵品、宮中御殿調度品、田楽や能衣装に使われていた裂の一部分など、なるほど古瓦を蒐集・研究していれば、結びつきがあってもかおしくない筋の品々です。
問題は時代。これまで扱ってきた古裂をめぐり、折々に同業者やお客様から教えていただいたことをベースにして考えると、書き留められた文言ほどには古いとは思えないものが多数。小店としての評価は、ほとんどのものが江戸期~明治期と見てのものとなります。また、バラすに忍びなく、一括での販売とさせていただきます。
*手偏に君と書く「捃」は訓読みで「ひろう」「とる」、音読みで「クン」とのこと。『金絲捃拾』は「きんしくんしゅう」と読ませるものと見られます。
 
■趣向はがらりと変わりまして、昭和13(1938)年に慶應義塾大学広告学研究会によって開催された「第二回新広告写真コンクール展」の出品作を集めた『ad.photo』です。
学生による広告展なら学生の手になる作品だろうと思うと大間違い。「第一部」で一流企業の広告表現に対して、「第二部」で今度は一流制作集団の仕事に対して、学生や展覧会に関わった関係者・来場者などによって行われた品評会のような構成となっています。
協賛各位として「第一部」に参加した企業は資生堂、日産自動車、日立、森永製菓、明治製菓、小西六、オリエンタル写真工業など一流企業23社「第二部」には凸版印刷、共同印刷などが9社が並ぶ筆頭に「日本工房」の名前が見えます。
また、「あとがき」によれば、「表紙に、作品レイアウトに」山名文夫が「多大なるご援助」を寄せ、会員の指導に関しては井深徴が支援していたとのこと。確かにこの冊子のデザイン、かなり洗練されています。
各社の写真広告には、学生や関係者による短評がついていて、例えば日本工房の広告に対して「夏秋の夜空は星が多すぎて寧ろ悪どい感じがする 全体から見てもう少し上品さが保たれないものかな・学生・」とか、資生堂の広告について「写真から商品への連想はどうつけるのですか・学生・」などなど、忖度の付け入る隙もないなかなか手厳しい批評も多数。なかなか面白い1冊であること請け合います。もちろん、珍しいものであることも! 

 

18/10/13 旅から戻りました。プラハよりアヴァンギャルドを2冊だけ。

■ウィーンとプラハへの旅を終えて、本日10月13日(土)より店の営業を再開いたします
旅行中はお陰さまで天候にも恵まれ、連日1万5千歩から2万5千歩を歩き倒しました。
仕事の本命はウィーンで毎週土曜日に開かれる蚤の市。規模はパリのヴァンプ1.5倍ほどありそうな大規模なものでしたが、買えたのは傘・ステッキ専用の壁面設置型のスタンド(珍品ですがそれにしても) ひとつきり。ここまで何も買うものがない蚤の市はパリのモントルイユ以来のことです。30年前に一度訪ねた折には、手の込んだ仕事が残る古い民俗衣装、アール・デコ当時のカップ&ソーサー、ガラス器、銀器などからデッドストックの手芸用品、テディベア専門店まで、見ているだけでそれはもう楽しい蚤の市だったのが、その時何点か買ったものはいまも大事にとってあるというのに、いやはや何ともここまで何もなくなるものか……と がっくりきたのが旅のまだ2日目のこと。今回、ここ一ヶ所狙いだっただけに仕事運はないものと腹をくくった次第です。
ウィーンでは蚤の市におけるかくなる大誤算をはじめ、ブランド街へと様変わりしたシュテファン寺院周辺の変貌に驚き、プラハでは、分離派から19世紀末建築を経てアール・ヌーヴォー、アール・デコへ、或いはキュビズムへ、モダニズムへと連なる建築物が、ここ数百年そう大きな変化はなかったのではないかと思われる古い古い街並みのそこここに紛れてあるさまに瞠目しました。
結果、撮りに撮ったりほぼ全て建築物の画像ばかり484点。旅の成果はどこをどう振ってもそれだけ。折角なので今後InstagramとFacebookにアップしていく予定です。ご興味あればご笑覧下さい。
長らくの休みでご不便をおかけいたしましたが、ここからは来年1月の即売会の用意も始まり店に腰を据えての仕事となります。みなさまへは、またのご来店をよろしくお願い申し上げます。

ウィーンの蚤の市のあまりの空振りにすっかり戦意喪失、「仕事より旅」「古本屋は立ち寄りはするも長居はせず」を基本方針に過ごした結果、古書店で買ってきたのは僅かに3点。
ひとつはBrnoで開催された博覧会の絵葉書1枚、そして下記の本2冊。渡航して買ってきた数がここまで少ないのも帰りのスーツケースが20kgを切ってたったの16kgだったのも、古本屋になって以来初めてですが、これは、日本では入手困難なもの、二度と入手が叶わないと思われるものに厳選した結果でもある……はずなのですがすが さて ?


■前置きが長くなりました。実は時差ボケで突然襲ってくる猛烈な眠気と戦いながらの作業になっており、ご紹介のためのリサーチにあたまが追いついていない証左でもあります。
いや待てよ。少なくとも小店HPを必ずチェックして下さっている方であれば自力で、私なんぞを遥かに凌ぎ重要な情報にたどり着いてしまわれるのに。つまりは悪あがきとしか思えない作業を延々続けているのだということに今になって気づきました。噫、もっと早く気がついていれば… 。
それはさておき。どちらも1920年代のチェコ・アヴァンギャルドを代表する潮流のひとつ「ポエティズム」に関わる書籍と見られます。

1点目は、『s lodi jez dovazi caja a kavu』(=『お茶とコーヒーを運ぶ船とともに』)。1920年代、チェコで独自の展開を見せていた前衛芸術運動「ポエティズム」に参加していたコンスタンティン・ビエブルの詩集で1928年に発行されました。
ご覧のような装丁ですので、一見して「ややや!これは!?」 と思うのは当然として、頁を開いて唸りました。後で調べてみると(もっとも海外の同業者の売文句ではありますが) この時代のチェコを代表する本のひとつとされているようです。
それも当然、やはり同グループに加わっていたカレル・タイゲが表紙、扉から1P大の挿画的なものまで、色面構成による視覚表現全てと、組版など書籍のトータルデザインを手掛けたもの。1頁大の図版5点、全体及び各章扉6点、全てモノクロとピンク色の2色で構成されており、図版部分はリトグラフのようにも見えます。中面極美。もちろんのこと、小店としては初めての扱いとなります。

■もう1冊はラインナップにブルノやヴィーチェスラフ・ネズヴァルの名前も並ぶ「EDICE OLYMP」と題された前衛芸術系の叢書の第6冊目として出版されたもので、E.F.ブリアンの詩集『IDIOTEON』。1926年に限定550部発行した内の1冊
E.F.ブリアン=エミル・フランチシェク・ブリアンはプラハの音楽院に進みながらダダと未来派の影響を受け、卒業後は主に演劇を主軸に活動。戦中はダッハウの収容所に収容されたり、客船に乗れば沈没したりしながら戦後まで永らえ、チェコの現代演劇に強い影響を与えたと云われます。がしかし、テキストが読めない限り、この本についていえば肝は全てこの表紙にあり ! ARCHITEKTA HALVACKA (アルヒテクチ・ハルヴァチェク?)による書籍設計はカレル・タイゲのようにはいかなかったようで中面は単調かつ少々泥臭い印象も。仕事が残り、名前が轟く作家にはちゃんとワケがあるのだなと、この2冊を並べてそんなことを思いました。

正真正銘買ってきた本はこの2冊だけ。時差ボケだし。午前3時を過ぎる頃にすっかり眠気は失せてしまうし。明日からの営業再開しても居眠りしてそうだし。正直、旅よりスリリングな日常がまた小店店主を待っているのでした。(いやでも つづく)

 

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