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21/10/16 日本初の児童専用映画館・東日児童文化劇場と 陸軍幼年学校で育ち中島飛行機にたどりついた人の足跡


■先週は何のお知らせもしないまま更新を1回サボりました。仕事が少しばかり重なりまして本の状態を表わす「つかれ」という言葉を彷彿とさせるテロテロでヘロヘロな具合と相成りまして、用心して休ませていただきました。ご心配をおかけいたしましたが変わらず元気ですのでどうかご安心下さい。
東京の感染者数は激減しおりますが、小店では用心のため、引き続きアポイント制をとらせていただくとともに、不織布マスクの着用と入店時の手指の消毒、三密の回避についてご協力をお願いいたしております。ご理解・ご協力を賜れば幸甚に存じます。
来週よりぐっと冷え込むとの予報もありますが、換気のため定期的に窓を開放いたします。併せてご理解を賜りますようお願い申し上げます。

今週の新着品、1点目は“日本最初の児童文化映画劇場”として、有楽町駅前・東日会館の地下に設けられた「東日児童文化劇場」のプログラムで、昭和15(1940)年から16(1941)年にかけて発行されたもののうち、25部が入荷しました。
東日会館と云えば天文館=プラネタリウムはよく知られていると思いますが、子どもだけに対象をしぼった映画館があったことは全く知らず、慌てて検索してみても出てきたのはこのパンフレットに関する商品情報だけで詳細は不明。現状では、あくまで手元のパンフレットに記載されている事実に頼るしかないようです。
最も番号の早い「第7号」は1940年のお正月第一弾の発行分にあたるようで、巻頭言に「このお正月には記念すべきことがあります」とあり、映画法改正で小学生は一般の映画館に出入りできなくなるかわりに、「皆さんがいつも安心して、大威張りで(映画を)見る事の出来る」東日児童文化劇場が開かれたことを挙げています。東日児童文化劇場は「子供には子供の映画を」をモットーとした「日本最初の児童専門の劇場」でした。
東日会館は当時の東京日日新聞の社屋に開設された文化施設。その一角を占めていたらしい児童文化劇場の運営に、新聞社がどの程度関わっていたのか断定するのは難しいところがありますが、既述の引用文はじめ、パンフレツトに「東日小学生新聞編集部」の筆による一文があちこちに散見されること、当然とはいえ東日大毎ニュースが毎週上映されていることなどから、上映プログラムの編成からパンフレットの編集・制作まで、主体的に関わっていたとみるべきではないかと思います。
プログラムの内容は、たった2年のうちにも変化を見せ、当初、比較的多くプログラムに組まれていた内外漫画はだんだん影がうすくなり、プロパガンダ色の強い記録映画や文化映画、科学映画へ、ハリウッド製ではなく同盟相手のドイツ映画へ、と傾いていきます。思いつくままに書き出してみると…
ポパイやベティのシリーズ多数、極彩色漫画・狼の退治、同・お化けパーティ、漫画・夢の火星探検、パテー外国ニュース、夢のハリウッド、外国漫画・お父さんの仮病、影絵・朱金昭、独逸映画・世紀の凱旋、同・鉄路を守る、文部省認定文化映画=少年剣道、海の荒鷲、行商部隊、上海戦線、資源土、新支那の出発、落下傘部隊、少年戦車兵、ともだち(横山準・李聖春主演)、実る大陸、航空基地だより、わが海軍、海底の砂金、大毎東日映画読本・敬紙の国、同・国士防衛の歌、東宝文化映画作品・上海航路、国民教育映画協会作品・先覚者崋山、大日本飛行協会作品・空の第二陣、松竹文化映画部作品・海を照らす人々、朝日映画作品・戦地の子供、日本映画社作品・河船に生きるもの、日本ニュース映画社作品・海軍空襲隊、大日本教育映画社作品・整備兵…
といった具合。記録映画・文化映画系の制作会社がこんなにたくさんあったのかということも驚きでした。

また、場内陳列「満洲国児童作品展覧会」などの展覧会、毎週日曜日には教育者をゲストとした「日曜童話」なども開催されていたようです。
画像中、グリーンの目立つハガキサイズの紙ものは東日児童文化劇場とタイアップした、紙細工と引き換え券用のハガキが一体化しているグリコからのオマケ
東京の一拠点での活動が、一体どの程度の影響力をもちえたのかは分かりませんが、プログラムに残された情報は質量の両面で貴重なものではないかと思います。販売はグリコのオマケまで含む25点一括とさせていただきます。

■今週は久しぶりに戦争関係資料が並ぶことになりました。
『昭和二十五年四月 辞令叙位叙勲綴 佐藤久八 六十一才』とある1冊の巻頭序文に曰く
「本綴は明治卅八年七月仙台陸軍幼年学校卒業以来、生涯に亘り陸軍在職関係諸辞令、叙位、叙勲令書及び中島飛行機株会社在職諸辞令等々網羅して綴り合せ生涯の記念として残存するものとす。」
書かれている通り、この1冊には、広島・仙台地方陸軍幼年学校に始まり、陸軍中央幼年無学校卒業、陸軍士官学校卒業までそれぞれの卒業証書、士官候補生から歩兵少尉に始まり、陸軍航空兵中佐に至る時々の任官状、叙正八位から始まる勲記と有位届出書、(満洲)建国功労賞證書、満洲事変従軍記章勲記、賜餐御沙汰書、寄付寄贈謝意状などが分野別・時系列順に綴られています。
最後に綴じ込まれているのが「中島飛行機株式会社関係辞令其他」の22点。このうち1点は中島飛行機を示す「皇国第一八四工場」名によるもの。俸給月額190円から320円に至る時々の交付状、給与明細もそれぞれ複数含んでいます。
『陸軍幼年学校ニ関スル綴』には入学者の府警への注意事項から身上明細、生徒納金関係連絡通知、受験の心得、成績表、「少尉任官ニ際シ必要ナル最小限ノ単装備品及価格調書」、卒業授与式式次第まで、細大漏らさず紙記録原本を綴じています。
『退職後参考書類』には恩給関係の必要書類を中心に、私物拳銃保管證、陸軍偕行社関係書類、そして、昭和22年12月1日付けでの「公職追放の仮指定者」通知、昭和24年の「追放指定緩和緩和申込規定」昭和26年8月16日付けによる「(公職追放)指定理由取消書」が綴じられています。公職追放について、段階を踏んでまとまった資料をみたのは小店店主、初めてのことでした。
『思出之草』は卒業時の寄せ書きで、鉄心、嘆堅といったいかにもな詞書のなかに時々とぼけた絵などが混じり、しかも、「時に声アリ お母ちゃん…」といった実録となっている点でこの中では異色。
それにしても、やはり面白さは私的な記録にあるということのようで。佐藤久八さん(=作成者で旧蔵者)が肩を落としていなければよいのですが…。

今週の斜め読みから。今週は本当に色々ありました。
https://globe.asahi.com/article/14459119?fbclid=IwAR3VTihDVKZWlwi9BCBpHSk8tnJ2FIXAsfya9fmFZWeGJC6U2brdy9S8jRw
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2402150226584358&id=100003682130924
https://mobile.twitter.com/ombon8/status/1448801275802312704/photo/1
https://mobile.twitter.com/TomoMachi/status/1250449599279456260
https://friday.kodansha.co.jp/article/209480?fbclid=IwAR3VTihDVKZWlwi9BCBpHSk8tnJ2FIXAsfya9fmFZWeGJC6U2brdy9S8jRw
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88255?fbclid=IwAR02Tnv3GO_ndouGxX7-lWwyBCKsKel_2YYw4kFSGIv2G0n-P9xV0vcSnIw
https://toyokeizai.net/articles/-/278638?fbclid=IwAR27XJ6O0aa0y27uTSGlWRS48e3BbZ0Ga_sEyNDQ0RIhMo9roPJpZRu_DsY
もうすぐ選挙がやってきます。
 

 

21/10/02 1920年代のイラストレーション … 壽屋のビールのポスターとガゼット・デュ・ボン・トンから


■今週水曜日、何年ぶりかで新幹線に揺られて三島へ。台風前夜の青空のもと、駅のホームで真正面から富士山を拝んだ後、あるコレクターの方が所有するポスター・コレクションを駆け足で拝見してきました。
蒐集対象とされているのは某ワンテーマ。特筆すべきはその質的な充実ぶりで、およそ1世紀にわたって発行されたポスターから厳選された約1千点にのぼるコレクションのもつ重量級の質量にただただ圧倒される1日となりました。
一日おいて金曜日。台風の接近する東京では荒れ模様もどこ吹く風と普段通りに市場が開かれました。
何もこんなタイミングで出なくてもと思いながら、ついつい買ってしまったのが1点目のポスター、壽屋=後のサントリーの高級ビール「新カスケード」。ポスターを自分で扱うのはもうこりごりと思っていたはずが、三島で観てきたばかりのタイミングの良さとこのデザインにまいりました。
新カスケードビールとは? 寡聞にして知らず。ですが、流石は壽屋=サントリーの商品だけあって、商品の歴史については簡単に調べがつきました。
カスケードビールはもともと日英醸造株式会社が1920(大正9)年に横浜に建設した工場で醸造していた商品。1923(大正12)年の関東大震災で経営不振に陥っていたこの会社を1928(昭和3)年に鳥井信治郎が買収、翌29年に「新カスケードビール」を発売したのだそうです。
その翌年には商品名を「オラガビール」に改称していることから、このポスターは1929年の発売から1930年の改称までの約1年というごく短い間につくられ、つかわれていたことが分かります。
「Extra Cascade Beer」「Kotobukiya Beer Brewery ,yokohama」のタイポグラフィから、キリスト教の宗教服を思わせるお揃いの赤い衣服をまとった男性4人がジョッキをかかげる図案まで、極端にバタ臭いデザインは、日英醸造から受けついだものか海外のデザインを流用したものか、いまのところ画像検索でも類似デザインはみつからず、この洒落たデザインが誰の手になるものか、気になるところではあります。 

2点目は先週の市場で落札したポショワールのファッション・プレート。小店お客様にはお馴染み、1910~20年代フランスの高級婦人雑誌の代表格『ガゼット・デュ・ボン・トン(Gazette du Bon Ton)』から。
新着品としてアップするには、みなさんもう見飽きているのではないか?と思いこんでいたのですが、今週、Instagramに1~2年前に入荷したジョルジュ・バルビエその他のファッション・プレートを投稿したところ、思いのほか好評だったというので慌ててご紹介することに。飽きたかな?と思っていたのは実は店主ひとりだったのに気付いて反省いたしました。
十数点入荷したなかから画像には7点をピックアップ。
画像上段左から1点目と2点目は、マドレーヌ・ヴィオネのアトリエのアイコンをデザインした未来派のアーティスト、タヤート(THAYAHT)によるヴィオネのスタイル画。ヴィオネのバイアスカットが洋服に与える流麗な美しさを未来派らしい動きのある曲線で表現。『ガゼット・デュ・ボン・トン』のファッション・プレートとしては多分に前衛的な異色のプレートです。
上段右から1点目と2点目はエリック・サティとの共作『スポーツと気晴らし』でもご紹介したシャルル・マルタンによるポール・ポワレのスタイル画。ヴィオネと比べるとクラシックなスタイルですが、軽快な都市のリズムを感じさせるマルタン描く背景によって、とてもモダンなプレートに仕上げられています。
下段の左2点もシャルル・マルタンのイラストで、先の2点と並べてみると作風の違いが顕著、幅広いニーズに応えられる器用なイラストレーターだったことが伺えます。依頼によって絵を描きわける必要に迫られていく20世紀の商業画家・図案家のありようを先取りしていると云えるのかも知れません。
下段右端はフェリックス・ロリオウ(Felix Lorioux)によるロンドン(リージェント・ストリート)の化粧品・美容品店「モーニー」のためのプレート。描かれているモチーフはこのなかで最もクラシックでありながら、現代のイラストレーターか漫画家が描いたかのような印象を与える不思議な魅力をもつ作品です。
考えてみると『ガゼット・デュ・ボン・トン』の揃いばかりかプレートも少なくともこの7~8年、全く目にしてこなかったように思います。今後、ますます数を減らしていくのは必至。
根雪のように置いているバルビエのプレートも時間はかかるものの着実に在庫を減らしてきていて、この辺りの商品については可能な限り、今後も在庫を確保していくべく努力したいと思います。

■今週の斜め読みから。
小さな嘘を重ねる人は、平気で大きな嘘もつける人です。
https://infact.press/2021/10/post-13859/?fbclid=IwAR0f1ao0j0nRRWg2hAUo26jYnBvcVbbLYBn1aaAAqCs6Zwc5ulfChzWI2w0
説明責任も果たせない人にこれから先、どんな責任が負えると云うのでしょう。
https://twitter.com/kokkaiwatcher1/status/1443550102715469842?s=04&fbclid=IwAR2PwIXJyb8IgRJwhT_MijxhsCdnP1dg7jy7eXOeAcrrX_kD4vhm3EHOwAc
かくして問題の本質を見極めることもしないまま、「みんなで一緒に」落ちてゆく美しい国 ?

 

21/09/25 お絵描き1000本ノック!? 圧縮陳列的『略画教材』と脱力系『佐らさ集』


■9月最後の更新です。先回りしてお知らせすると、昨年、コロナで中止になった古書即売会「銀座 古書の市」は復活の兆しなく、2022年1月の開催はないものとお考えいただければ幸いです。
昨年、同人有志で実施した「古書目録福袋」の実施並びに参加については、10月にはご報告できるかと存じます。
いま少しお時間をいただけますようお願い申し上げます。

相変わらず骨太な一時資料(何のことやら…)との出会いに恵まれず、しかも、松屋かないとなると、仕入れに対する意欲はますます減退していく一方となります。一向に買う気が上向かない中で、がしかし、これは面白いんじゃないかと思って落札してきたのが『略画教材』でした。このスタイルは珍しい。どう珍しいかは以下に。
初版発行は昭和16(1941)年。著者は八木悌二で発行は大日本出版社峯文荘、配給元はこの年の5月に設立され、「日本の出版取次を独占していた国策会社」(by Wiki)である日本出版配給会社
今回入荷したのは人物篇、動物篇、器物篇、植物篇の4冊。この4篇に風景篇を加えた5篇を刊行する予定だったようですが、どうも風景篇については刊行されなかった可能性がありそうです。
「教材」という言葉がタイトルに使われ、著者が東京女子師範の先生だったことからも分かるように、例えば板書での図示や図解、例えばプリントや文集などのカットに使える図版を集めたもので、面白いのはこの図版の配置と多さにあり。B4サイズ1Pにレイアウトも流れもなくただもう闇雲に(としか思えない)詰め込むという驚異の手法です。圧縮陳列的とも云うべきこの手法で古書価÷図版数=1点あたりの単価がいくらくらいになるか計算したくなりましたが、図版点数を数えているだけで夜が明けそうなのでやめました。さらさらと描いて達者、かつまたこれだけの数を収まりよく1Pにまとめた技量もなかなかのものだと思います。
圧縮陳列の二次元ヴァージョンのようなこの形式は、物資がとぼしくなっていった戦時体制下の必然だったと見られますが、そのことがむしろこの冊子をユニークなものにする結果となったとでも云うべきでしょうか。
『人物篇』は「人体基礎練習」から男子と女子それぞれの「和装」と「洋装」、「子供」「家庭」「職業」「芸術及趣味」など片面刷13P。
『動物篇』には鳥類、魚介類、爬虫類、昆虫類を含み、『器物篇』には「文具」「家具」から「食器」「工具」あり「交通用具(=鉄道、自動車、人力車etc)」あり、また「農具」や「陸軍戦器」「海軍戦器」といった時代を写す項目多数、『
植物篇』では樹木から草花、野菜や果物まで濃やかに描き分けています。 

この4冊でおおよそ「略画」に使われそうなモチーフは網羅されているのではないかと思えるほどの、薄冊ながら内容の多彩さにぐうの音も出ない充実のシリーズでありますですはい。

■2点目は大正後期から昭和初期に手描きでえがかれた図案の手控え。
図版は和紙に墨で描かれていて、主にテキスタイルデザインや焼き物の絵付けに使われるようなタイプの図案ですが、なかには桃の節句に際して製菓メーカーがつくったノベルティのひな人形の写生なども。
薄い和紙を重ねた綴りで厚さはおよそ2cm。画像にとった図案はこの相当なページ数のなかから選んだかなりまともな作品で、あとは稚拙な図版が多いことは確か。
巻末に書き込まれているメモによれば、大正11年の約270枚を筆頭に、昭和5年の185枚まで、研鑽をつんだ効果か、確かに後半にいくほど絵がこなれていくのもなかなか興味深いところではあります。
上手い絵は黙っていても残されますが、過半がどちらかと云うと稚拙な絵ばかりのこの控えのようなものは、ともすれば簡単に捨てられてしまう運命にあります。どういう方が興味を示して下さるのか、一体何の役に立つのか実のところさっぱり予想もつかず、従って長らく売れないであろう予感しかないこの1冊ですが、どこか捨てがたい魅力あり。いま暫く命運を保つためにも次なる所有者が現れるのを待ちたいと思います。

今週の斜め読みから。長いですがお膝元からの…
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/21590?fbclid=IwAR04gZBvTYE_6drEeZzmR51WgwZ404KKjtBu1Rrad4cc6fK0CpxvaG4W-74
 

 

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