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20/09/19 意味あり! 1929年イギリス総選挙とキク ヤマタの献呈署名本

■我らがニッポンの新たなトップと党四役。Facebookのタイムラインにあがってきた平均年齢70歳超えというその面々の写真に書き込まれた「5爺」のコメントには思わず笑ってしまいましたが、モリカケサクラはそのままに、鳴り物入りの「IT政策担当」大臣は元電通で前政権下では広報担当として女性政治家をはばあ呼ばわりして恥じるところのない御仁だというし、八紘一宇の学習成果(!?)を嬉々として国会で発表した女史は「副」とはいえ役付きとなるそうだし、その他あちらからこちらまでいつかどこかでみたような人たち、しかもほとんど覇気もない面々が担う「自助共助公助」社会のこれからを思うにつけ日々暗澹として穴倉にでも引き込まれる思い。しかしそれでも参戦し続ている市場はと云えば、こちらはこちらでかつてないほどカラッカラに干上がっており、いよいよ進退窮まりつつある小店ですが、こういう時、思いがけず救いの手を差し伸べてくれるのが買ったままバックヤードに押し込め、或いは自宅に放置していた在庫品だったりいたしまして、そうした品々を前に ああ何と不憫なことをしていたことよ赦しておくれと頭を垂れているこの数週間、今週の新着品はこうした発掘品からのチョイスであります。
1点目はそれほどサイズが大きくないので、小店の商品を委託で置かせて下さっているアンティークショップにお預けするつもりでデザインだけ見て買っておいたイギリスのポスターです。
いざ値付けという段になってとりあえず相場を調べておこうとケンサクし始めてみると、多くが1929年のイギリスの総選挙の時のものであること、この時の選挙については歴史的にも重要な意味をもっていることが分かりました。やはりPCにはお伺いしてみるべきですね。

さらに。これまで真正面から見ていたポスターを、見方を変えて左斜め下 - 実際、左下角の余白部に刊行者名が記載されています - から眺めてみると、「The Liberal Publication Department」が10点、「The National Union Conservative」が8点と、自由党と保守党の2党に集約されるものであることも分かりました。
1929年のイギリスの総選挙は、前年の選挙法改正で定められた男女平等選挙権のもとでの初の選挙だと云うではありませんか! この時の選挙で初めて、男性と同じ21歳以上のすべての女性に選挙権が与えられたのだそうです。
ポスターを見ると、とくに自由党=リベラルのポスターデザインに女性や暮らしに関係するモチーフが使われているものが多く、なるほどと納得。
選挙結果としては、今回街頭するポスターがなかった労働党が議席数で第一党となり労働単独内閣が成立、党首マクドナルドが再選されるも、得票率では保守党が労働党を上回ったため、労働党は不安定な議会運運営を余儀なくされたようです。
その保守党=コンサバティブのポスターで盛んに呼びかけられているのがsocialism=社会主義の排除。で、このsotialismと云う言葉を多用しているのが自由党=リベラル陣営。第一党となった労働党=Labourの選挙戦略がどのようなものだったのか分からず、はっきりしたことは云えませんが、保守党の反社会主義選挙キャンペーンが奏功したものか、選挙の結果、自由党はこの時3番手にとどまります。以後、自由党は衰退を止められず、戦後今日まで続く保守党・労働党の二大政党制はこの時に始まったということです。こうしてみると、確かに1929年のイギリス総選挙は歴史的に重要な意味をもっており、このポスターの意味も(とくにまとまった数量があるということで)変わってきてしまいました。
委託に出すのもバラ売りするのもとりあえずやめて、何故か漫画タッチのイラストを使ったものが多い保守党のポスターと社会主義を謳いターゲットに明確に女性を置いていた自由党のポスター、合計18点一括での販売となります。サイズは全て76.5×50.5cm前後、小店キャビネトの一番大きな引き出しに充分収まるサイズです。
 

■藤田嗣治の挿絵本入で知られる『Seller Image
Les huit renommées』など、日本を文化に関係する書籍を数多くフランスの代表的な出版社からフランス語で発表した日本人女性・キク ヤマタ=Kikou Yamata。1920年代、いくら当時の世界都市だとは云えパリで著書をものした日本女性などごくごく少ないはずで、評伝の4~5冊、軽ぅ~く出ているだろうと思っていたのが大間違い。キク ヤマタの生涯について詳細が分かるようになったのはここ数年のことではないかと思います。
今週の発掘品2点目は、1942年に何故かハノイで発行されたキク ヤマタの著書『Au pays de la Reine - Etude sur la civilisation japonais et les femmes(女王の国で-日本文化と女性の研究)』。ムッシュ・スズキ宛ての署名と識語・日付等が山田の自筆で扉に添えられてます。
日本人の父とフランス人の母との間に生まれ、リヨンと東京で育ちながらフランス語を母語とし、父の没落により米国AP通信社東京支局長秘書として働いた後、戦間期のパリに戻ると高名なサロンの常連となりヴァレリー等とも親しく交流、その著書をレニエやモープランが書評にとり上げたり一躍脚光を浴びましたが、満州事変以降、フランスで立場を苦しくしていたところ国際文化振興会からの招待をうけ 1939(昭和14)年、欧州での第二次世界大戦突入直前に日本に向けて脱出。結婚後は夫婦で中立国スイスの国籍をもっていたキク夫妻は太平洋戦争開戦から占領期まで約10年を鎌倉で暮らしたと云います。
この間に一度、夫妻は特高に検挙されています。検挙は1943(昭和18)年11月のことで、キクの検挙の理由となったのが本日の1冊=『Au pays de la Reine』だとされています。
キクが本の扉に記した日付が「September 1943」で、その1行上には「Kamakura」の記載も見え、検挙直前に署名されたことが分かります。
ここまで辿ってきたキク ヤマタの足跡と、この後、戦後をどこでどのように暮らしたのか、その生涯の詳細については下記のアドレスで是非ご一読下さい。
私はリヨンの街に一度行ってみたくなりました。
https://sites.google.com/site/kikouyamata/nihongo
思うところも云いたいことも山ほどありますが本日はここまで。
明日からの4連休も心して過ごしましょう!

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