#205 6-1-6 Minamiaoyama Minatoku TOKYO
info@nichigetu-do.com
TEL&FAX:03-3400-0327
sitemap mail

detail

22/04/18 FRAGILE BOOKS のことと 文具画材のカタログと紙の洪水のこと。

■突然ですがお知らせをひとつ。
この度、電子空間に開設されたユニークな書店に小店も参加することとなりました。
店名は「FRAGILE BOOKS」。どういう書店かと申しますと……
フラジャイルブックスは、本のギャラリーとしてのEXHIBIITION(博覧会)、出版や商品開発などを手がけるATELIER(アトリエ)、アポイントメント制で実物も手に取れるオンライン書店の3つの活動を軸に、研究会やアーカイヴなどがゆるやかに連鎖する複合的なブックプロジェクトです。
https://www.fragile-books.com/
この空間で毎週金曜日、小店店主が「今週の1冊」をご案内いたします。今週は「戦前土木名著100書」にも選ばれている『土木工要録』をご紹介。地味ですが滋味たっぷりの1冊です。
https://www.fragile-books.com/products/%E5%9C%9F%E6%9C%A8%E5%B7%A5%E8%A6%81%E9%8C%B2その他、「トランプのかたちをした作品集。」「100年前のヨロズヤ交遊録。」「大大阪時代のモダニズム。」の3点をリリース。
一体何のことだ? とちらりとでも思われた方、解答は☟こちらに。
https://www.fragile-books.com/collections/masago-sato
小店店主、例によって、に加え、初回とあっていやまうもう饒舌です。ですがこれからはプロジェクトに相応しい繊細さをもって、プロジェクトの精神に沿った収穫をご紹介していければと思っております。
「今週の1冊」は上記のリンク先で、毎週金曜日に投稿いたします。
当HPともども どうかあたたかくお見守り下さい。何卒よろしくお願い申し上げます。

先週は金曜日~土曜日未明の更新をあきらめ、"紙の洪水"とでもいった状態の店内の片付けに追われました。
先週の市場。会場4フロア目にあたる地下の入口扉付近に何やらあやしいダンボール2箱が置かれていました。市場ではダンボール箱で出品されたものは基本、全てざっと見て回ります。例によってがさごそ中身を改めてみると、すぐに戦前海外の紙見本や画材・文房具のカタログ類が大半を占めることが分かり、色めき立ちました。
海外の紙見本についてはもう20年近く前に一度だけ、ダンボール箱1箱分を落札、店頭に並べる先から売れてあっという間になくなったことがありました(戦前の紙見本帖はとにかく洒落ていました)。以来、日本の市場でも、散々通ったフランスの古紙市でも、出会ったことがありません。それもあって今回は前のめりの札で。お陰様で無事落札と相成りました。 

市場では洋画家の旧蔵品かと思っていたのですが、中に海外からのDMが封筒ごと残っているものがあり、よくよく見れば東京古書会館と目と鼻の先、戦前からの有名な画材店であり、日本美術史上に残る画期的な展覧会が開かれたギャラリーをも擁する文房堂宛て!
たまたま混じったのではないかと他の痕跡なども確認しましたが、99.9%間違いなく文房堂の旧蔵品です。
最初に目についた洋紙の見本帖は、そのほとんどが「Les Papiere CANSON」と書かれたカンソン社のもの。カンソン社はいまも高品質なアート紙で知られる国際的な紙メーカーで、その歴史は約150年。今回入荷した見本帖のなかにも複数含まれている透写紙やカラーペーパーについては、早くも1809年頃から製品化していたようです。
他に、イギリスの紙メーカー トーマス・ハリー・サンダースの図版多数を含むまるで一冊の書籍のような紙見本帖(しかも函入り!)や、ラッピングペーパの見本帖も。
この他、メーカーや製品毎に発行されていた顔料の色見本ファーバー・カステルやペリカンの商品カタログディクソン社の鉛筆のカタログ鉛筆の店頭展示用ツールなど。いずれも欧米一流メーカーの揃い踏みといった印象です。
年代的にはヨーロッパのメーカーも第一次大戦の影響を脱した1920年代~30年代のもの中心とみられます。
ちなみに、大正期前衛芸術運動のひとつの画期となった村山知義の「意識的構成主義的小品展覧会」が文房堂で開かれたのが大正12年=1923年のこと
このダンボール2箱分の製品見本やカタログは、往時、文房堂に出入りしていた日本の芸術家たちが目にしていた店内の風景、彼らが手にとり吟味していた商品がどんなものだったのか、その様子をうかがい知るための手掛かりになるのかも知れません。

■その文房堂のカタログ類のなかから1冊、デザイン的にも内容的にも特別な一冊を。1939年に発行された『GUNTHER WAGNER HANOVER Pelican CATALOGUE 75』。いま現在、万年筆のブランドとして知られるペリカン製品の第75号目のカタログです。
上製クロス装にタイトルとロゴ、ペリカンのマークを金で箔押し、扉はオレンジ色、本文は緑色がかったベージュ色をベースとし、全ページのフッター部分に企業名と大き目のノンブルを置いた瀟洒なデザイン。オレンジ色に白抜きで描かれたペリカンのマークはとくに現代的で、改めて何度も見直してしまいました。

ご存知の方も多いと思いますが、ダダイストであるクルト・シュヴィッタースやロシア構成主義のエル・リシツキーはペリカンの広告を手掛けたことがあり、デザインに対する意識の高さは当時のこの企業の特徴なのかも知れません。
251頁を数えるカタログは、ペリカン社の礎となった水彩絵の具液体インクから1929年に製造を開始し、いまではこの会社の代名詞となっている万年筆店頭展示用ツールまでを含む網羅的なもの
この会社が消しゴムパステル絵筆パレットタイプライターのインクリボンまで製造していたことは全く知りませんでした。企業としての力はいま知る以上のものがあります。
この1冊には、さらにもうひとつ、海外と日本を結んだ会社の痕跡が残されています。
表2に貼られた「Messrs.Berrick & Co.Ltd.」のシールがそれ。横浜・山下町の住所が記載されたこのシール、1868年にロンドンで設立されたベーリック・ブラザーズの日本支社を示すもので、同社は神戸、大阪、東京にも代理店を置き、「洋紙、化粧品、香水、文房具を日本に輸入し、日本からは和紙、シルク、漆器類を輸出した」と云います。
大正~昭和はじめ。戦時体制に入る前の日本の都市はきっと、いま私たちが想像するの以上にハイカラで洒落ていて国際的なモノ・ヒト・コトで彩られていたのだろうと思います。
本に貼られたシールの一片が物語るモノの来歴に、興味が尽きることはありません。
https://ja.japantravel.com/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B1%B1%E6%89%8B-%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB/2422

ベーリック社が日本から輸出していた当時からはぐっと時代は下りますが、いま現在店内に積まれているもうひとつの紙の山が和紙。かつて、欧米がこぞって珍重した日本の紙の標本です。
「標本」と表現したのには理由があり、入手したものについては 紙名、産地、購入店、購入年月日、原寸寸法 を定型とした標識を付しているのがその理由。かなり熱心に、幅広く蒐集した人が残したものです。
何しろ切ったり折ったりしていない原寸のままなので大きい。店に入れてからでは撮影が難しくなるので、画像は市場終了後の古書会館で撮影。背景の机の木目のお陰で一層標本感が増しました。
圧倒的に多いのが 和紙の老舗として高名な日本橋の榛原で購入したもの。なかには「西園寺家」(公望公のことかと)とか「〇×保存会」といった入手先もあり、詳細は今週改めて確認します。
それにしても大きくて腰がなくて置き場に困るこの和紙の山、どのようにして売るのが良いのかが一番のモンダイです。

inquiry 新着品案内 / new arrival に関するお問い合わせ

お名前 *
e-mail address *
お電話番号 *
お問い合わせ 件名
お問い合わせ 内容 *
  * は必須項目です)

recent