■二週間ぶりの市場はいやはや何ともものスゴイ出品点数。こういう時に鼻が利かねば古本屋に非ず、といわんばかりに27日は入札に参加する同業者もまた溢れんばかりでありました。二週ぶりの市場復帰とあってどことなくおっかなびっくりの入札でしたが、何とか落札叶ったものから旧に復してのご紹介です。先ずは上の画像右側のノート、名前はまだない。といいますのも、ムッシュ・オカムラなる人物が1930年代に旅した際の極私的記録であるからでして、「十月二十日 南仏の旅へ。」という一行から始まっているのでここでは仮に『南仏旅行記』とさせていただきます。仮タイトルの通り、オカムラ氏等日本人ご一行様おそらく三名は、いまは美術館となっているオルセー駅(!)から電気機関車に乗り込みます。最初に降り立ったのはボルドーで、トゥールーズ、アヴィニョンと回ってマルセイユ、で、ここから船で日本帰国が定石、かと思いきや、続くモンテ・カルロではカジノで遊び、ニース、シャモニーと旅はまだ続きモントローからジューネーブへ出てしばし滞在の後、パリに戻って十一月十日「夕食不二 スキ焼」で打ち上げ、十四日「栗林氏ニ挨拶」で終わるという素敵な旅。21世紀、なのに極貧に生きる私には望むべくもない優雅な旅を体験された御仁とは如何なる人物か?画像でご覧いただけるように、ホテルのバゲッジ・ラベルやレストランの領収証類、入場券や切符など魅力的な紙モノの数々が日毎に貼り込まれ、記述も比較的詳細なので普通なら大凡の予想はつく……はず。なのでこの一時間、眺め続けました。眺めましたがこれがてんで分からない。わざわざ陶器の街・モントローへ立ち寄っていたり、日本の古美術の展覧会を見たり美術館には必ず立ち寄っていたり、国際見本市らしき見聞記録(ただし各国女性評…何だ遊びか)があったりすることから、美術もしくは工芸に関する仕事をしていた可能性はあるものの、こちらのアタマが混乱する程度に色々とお楽しみになられた形跡の残る旅でありました。旅費交通費から食費、入場料、買った古本の値段まで記録されている点では、この当時の渡航関係資料として見ることも可能ですが、こりゃますます一体何者か気にかかります。
同じく上の画像のうち左は『日本版外国美術雑誌』1933(昭和8)年創刊号。タイトルの示す通り、外国の雑誌から主要な、もしくは先端の美術情報と付随する図版とを日本語に翻訳してまとめた雑誌。当号ではモホリー・ナギー「新フヰルム論」、「舞踊・子供の遊び-シュル・レアリスト ジオアン・ミロの舞台装置・衣裳・幕」といった記事が目をひきます。オカムラ氏が買い付けた古本とは、書店で買った書物とは、どんなものだったのか。残念ながら、市場での出品から伺い知ることはできませんでした。こうしたいまは無名の人たちが海外から日本にもたらした情報もまた、『日本版外国美術誌』といった体裁をとらないまでも、日本国内ではどこかで大切な役割を果たしていただろうと想像するに留めます。
■次の新着品は十数年前に日本の女性がスペインからもたらして下さった『Curiosidades del Uniberso』。日本語にすると「世界の驚異」といった感じでしょうか。ネスレ社製品についていたトレーディング・カード専用の蒐集帖で、発行は1934年、動植物から、珊瑚・熱帯魚等海洋生物や鉱物などの自然から、中国、アフリカといった地誌・文化・民族、鉄工所など技術・産業まで、子供への教育的見地から選ばれた40テーマで、それぞれトレーディング・カード12枚で完全に揃うという寸法。この一冊は、カード全480枚が一枚も欠けなく貼り込まれているパーフェクト・コレクションです。パリの古紙市では私もトレーディング・カードやこうしたコレクション・ファイルをよく見ますが、意外にこうした完揃いは珍しいものです。 そして何より驚いたのは画像左から2枚目の「星座」のシリーズ12枚。
背景の深い青のグラテージョンはおそらく石版刷り、星々を結んで星座を描く繊細な銀線は凸版を起こして処理したものではないかと思います。もうひとつ、「月世界」のシリーズも「星座」と遜色ない仕上がりでこの24枚だけでも十分価値あり、と見ました。保存状態も良好で、彼の国で、そして海を超えてからも、大切に受け継がれてきたものだと思います。時間と距離を超えて、いまこの一冊を手にしている私は何人目なのかと、そんなことを思います。
■先週もお知らせしましたように、今年は自店目録を印刷物のかたちで発行する予定です。掲載品の目処もどうにかついてきたもののいまも買い続けており…今週ちょうど、目録向きの直筆書簡関係が出品されたのを辛うじて数点落札。自宅に持ち帰って見ているとうわぁ。こんなものが出てきたゾ。というのが画像の三点目。ここでは画像だけに留めておきますが、つまりはこんなものも目録にという予告編第二弾でした。この他、今週は、戦後日本の印刷技術を海外に向けて宣伝するためにつくられた英文年鑑『GRAPHIC ART JAPAN』1950~60年代発行内10冊(印刷見本現物貼り込み多数)、『GEBRAUCHS GRAPHIK』1937年発行内7冊、美術関係書籍十数冊、そして中島敦の学友だった釘本久春や山名文夫を同人とした雑誌『しむぽしおん 第二号』(山名の詩「雑念雑記」およびカットも添えられた「柩」を所収)などが店に、美術関係者書簡類は自店目録に、それぞれ出番に向けて準備中でございます。あっ。店に入る分は明日からご覧いただけます!