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10/06/18 戦前の欧米映画産業事情総まくり『キネマ企業』/ 村山知義旧蔵『流れ』/ 紙モノからは戦前輸出製品用の商標


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有賀長毅著、昭和6年発行『キネマ企業』。漫画家・長崎抜天によるアヴァンギャルドな装丁が目をひく。画像は左から、函の裏表紙側平と函の背(データ加工)、函の表紙側平、布装丁の本体の背と平で、映画「メトロポリス」を思わせるデザインは表1と表2の両面にあしらわれている。見返しには海外の映画広告をコラージュした図版が使われている。

■今週月曜日に考えていた更新もならず、結局新着品のご紹介を丸一週間お休みさせていただくことと相成りました。ご心配をおかけしました風邪も、お陰さまでこじらせることなくやり過ごし、今週からはまたいつも通り週一度の新着品案内となります。今週の1点目は昭和6年・東洋経済新報出版部発行の『キネマ企業』(初版)。当初は『時事新報』に連載した記事をもとにまとめられた書籍は、あくまで産業の側面から、欧米諸国の映画企業の実態と将来性についてまとめたもので、戦前映画関係書でこの方面を専門とする類書は考えてみると案外少ないように思います。著者の有賀長毅は慶応大学卒業後“七八年間を、親の脛かぢりで、自由に欧米に遊学”、当時欧米でも新興事業として注目されていた映画事業について、“殊に企業としての方面からいろいろと観察もし研究するように心掛けていた”といいます。自序冒頭で“生来さしたる特能のない自分の如きでも、親心の有難さに、何とか人間らしい人間にしてやりたいと心を砕いてもらつているのを見るにつけ、自分としては何とも申訳ない様な気がしている。この小著の生まれ出たのも、矢張りそんなところから来ているのである”と述べています。映画の製作費、映画の収益、各国の保護政策、上映権の行使、スターシステム、常設館の組織、映画投資に着目、電気業者の進出…等々の言葉が並ぶ目次から見ても、ずいぶんと長い遊学の総まとめとして、自分の親に提出する卒論といった心積もりもあったのかも知れません。


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立野信之著『流れ』初版。画像上、表紙見開きは柳瀬正夢の装丁。下段左は著者から村山知義へ贈られた際の献呈署名、下段右は村山知義による鉛筆書きのメモ。

自序では多分に謙遜を含んだものか、書籍の内容は客観的・具体的データを多数収集・駆使し、「経費の割合」から「特許権暴利者への反感 テレヴィジョンの将来如何」といった尖端事情にまで踏み込むなど充実を見せています。このような遊学が可能だった有賀長毅とは一体何者か、ということになるわけですが、困った時のケンサク頼り-そのものズハリではたったひとつ、出てきたのは慶応義塾大学のサイトでした。慶応義塾大学『昭和15年4月入学者の栞』に掲載されている「有賀長毅君記念奨学金」というのがそれ。書影として公開されている同資料によれば、「有賀長文氏より昭和8年11月24日令息故長毅君一周忌日に際し大学予科学生中有為の青年にして資力乏しい者のために給付奨学金として金1万円の寄付」があったとのこと。つまり、『キネマ企業』の発行から凡そ2年半ほど後に著者・有賀長毅は亡くなっていたことになります。長毅の父・有賀長文は戦前の三井財閥の重役を歴何し、政財界に深い関わりをもった人物(因みに、当時の1万円はいまの2,000万円相当か)。そうした家に生まれ、親の恩に報いたいとの強い思いをもちながら、当書発行から死去までの間、これといった痕跡を残していない長毅は、一体どのように生き死んでいったのか - 想像するにも手掛かりがあまりに少ないのが残念に思われます。ところで一度見たら忘れ難いこの本の装丁は漫画家・長崎抜天によるもの。長崎抜天と先々週やはり新着品でご紹介した内田誠とは、戦後NHKラジオの人気番組「とんち教室」で同じ生徒役を務めています。新着品に戻ると、映画関係ではこの他戦前の研究書約20冊も入荷いたしました。
昭和11年・ナウカ社から発行された『流れ』(初版)は著者・立野信之から村山知義に贈られた献呈署名入り、本文対向ページには村山知義による“六月 新協劇団上演”などとした直筆メモも4行、そして装丁は柳瀬正夢 - という1冊を狙って落札した戦前日本プロレタリア系文学書7冊も新入荷です。


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図案の面白さの点では出色の戦前の輸出製品用商標から。「福助」は実はフランスの会社が使用していた商標で、福助と珊瑚の組み合わせは日本と中国との混同が招いたものか。いずれも輸出先相手国を念頭にデザインされたものと思われる。金色をはじめとする色彩の鮮やかさ、高度な印刷なども共通点。

■今週のトリは紙モノ、戦前の輸出製品用の商標約20点から選びました。多くは生糸の商標と見られます。図版中、最も日本らしい「福助」が実はフランス企業の商標で、色彩から図像まで中国的な「唐子」は日本製品用、ラクダとピラミッドと月という中近東のシンボルを集めてみましたというラベルは日本の「NITTOBOSAN (=「日東貿産」か)」社のもので、「バラに蝶」はアレクサンドリアとカイロにあった会社が扱う日本製品用の商標。生産国側のイメージではなく、どうやら輸出する相手先の側に合わせてデザインしたために、非常に濃い国籍不肖感とキッチュさを漂わせる結果になったようですが、それにしても、同じように輸出国向けにデザインされユニークな図版の多い商標マッチのラベルと比べても「何だかヘン…」なものが多いのは何故か謎。他にも、何しろ色使いが派手、何だかやけに手の込んだ印刷技法が用いられている、といった点はどれも共通しているのですが。画像にはとりませんでしたが、「花車を牽く鹿」や「ライオン2頭を手なずける少女」だとか「夕陽を背にポーズをとる単に太ったアジアのおばさん」だとか、脱力系図版好みの方は是非店頭でご覧下さい。紙モノでは他に食品・飲料関係のラベルも一括で入荷、こちらは値付けまでいま少しお時間をいただきます。
先週土曜日以降、店にはすでにフランス20世紀初頭の銅板+手彩色によるファツション・プレート約20点雑誌『FORTUNE』が1944年発行分を中心に約50冊1960年第南米中心に観光地図やパンフレット類が高さ30cm超の1本分、旧植民地のガイド本1936年版『ハルビン』 … などが値付けを終えて並んでいます。あ。でも国内ギャラリー発行・現代美術関係図録1本口と、一番手間のかかる食品ラベル関係の値付けはまだこれから。やっぱり風邪なんぞひいてる場合じゃあございません。はたらきます。

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