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21/04/10 珍品2種! 横尾忠則? ピーター・マックス!

■今週の新着品1点目は珍品です。がしかしいささか剣呑。以下、いま現在の社会常識や良識、精神医学の進展に照らして、いささか不適切な用語が出てくるかも知れませんが、時代背景をお伝えするために、そのまま使わせていただきます。少しでも不快に思われる可能性のある方は、お読みになりませんようにお願いいたします。
…といったお断りを要するこの珍品、タイトルを『精神異常の世界』と云います。大日本製薬という製薬会社が発行した宣伝材料で、精神科医・徳田良仁「妄想と創造性」という雑誌の抜き刷り14P(小冊子)、Y.T.のイニシャルによる一文「精神異常の世界に寄せて」1枚、「アルコール精神病」「意識障害」「躁病」「不安神経症」など14の精神疾患によって現れ(てい)るであろう精神世界の情景(Y.T.氏によれば「いくつかの異常心理の世界」)をグラフィックで表現した14枚の無綴のリーフが、画像中左上に置いた白いポートフォリオに収められています。
Y.T.氏の「精神異常の世界に寄せて」に添えられた刊期は「昭和46年5月」。つまり、1971年と、いまからちょうど半世紀前の刊行物であることが分かります。
14点のリーフのとてもアシッドなデザイン(?)に、これはただものものではなかろうと思いよくみると、リーフについている袖の下の方に小さく「AD:Y.T./T.N.」とのクレジットがありました。
となると、俄然、気になってくるのが、アート・ディレクションを担当し、わざわざこの表現上の狙いについて一文を付加したY.T.なる人です。
一体誰のデザインなのか? なぜ、イニシャル表現なのか?
なんてもったいぶらなくても、70年当時すでに名前が知られていて(薬物に直接的に関係づけられたくなかったためあえてのイニシャルか?)、サイケで知られるグラフィック・デザイナーと云えばあの方、ヨコオ・タダノリ氏ではないかと思うのですが、さていかに?
サイケな精神世界の中に埋め込まれた「花札」、口の中に顔を象嵌した「唇」、突撃する「兵隊さん」、「目」だけを切り抜いたコラージュなど、Y.T.氏得意のモチーフも多々みてとることもできるのですが。 

ヨコオ氏と断定するもうひとつの要素が宮澤壮佳氏の旧蔵品であったということで。宮澤氏の書斎には、MOMAの展覧会や署名入りの国際版画展のポスターなど、横尾忠則に関するあれこれが非常に良い状態で保存されており、交流の深さが伺われました。
小店でY.T.氏=横尾忠則氏と推定する論拠としてはせいぜいここまでどまり。
もしもっとよくご存じのことがある方には、是非小店までご一報・ご教示を賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます。
尚、宮澤壮佳氏の旧蔵書・旧蔵品については、年内に目録を作成できないかと考え始めております。

今週は、小店では珍しく2点目もサイケでポップ。最近、戦後のものも多く扱うようになってきたとは言え、多分、ポッブやサイケなラインナップになるのはさすがに数年に一度のことだと思います。
と云ったわけでピーター・マックスの登場です。
ピーター・マックス・エンタープライズのエージェントで、東京セントラル表参道アパートメントにあった「コスミック」という会社が開催したピーター・マックスによるレクチャーの配布資料。時は1970年5月19日。ピーター・マックスにとって初めての日本でのレクチャーでした。
コスミック社の封筒ピーター・マックスのポートレート3点と、藤本潔によるレクチャーのための序文、マックスの履歴書、アメリカメディアによる批評、マックスへのインタビューなど未綴じのリーフ7枚、これらを収めた専用のポートフォリオという構成です。
日本でも一世を風靡したサイケポップの巨匠、ピーター・マックスが1970年代初頭に来日していてレクチャーを開催していたとは!
がしがしケンサクしてみても、これまでのところレクチャーが開催されたというデザイン史的事実も、コスミック社の存在や活動についても、一切情報が出てこない。出てこないところを見ると、このレクチャー用キットを糸口にして歴史的事実が発掘される可能性があるということで、これまたどなたかのご探求の成果に頼みたいと期待しております。
その前に。売れるかどうかが問題ですが。

■今週の斜め読みから。
"厚労省による3月8日から26日までの接種実績発表によれば、1日平均5万回くらいだ。1億人が2回接種するとしたら2億回必要なので、4000日かかることになる。土日などはお休みなので、年250日接種するとして接種完了は16年後か。"  冗談?
https://www.facebook.com/makoto.naruke/posts/3789072397796515

"「子ども庁」で検討本部 自民、トップに二階氏"  冗談???
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE020RK0S1A400C2000000/?fbclid=IwAR2ikCyfwixtRmzQB7qiBkfVdaYlIW0kKgbOyvuMyCX6kDXUYHMDLeUTUq0

 

21/04/03 1968年 英語圏のコンテンポラリー - リビング・シアターとICA

■またしても全然知らなかった戦後のアート・シーンにまつわる物件を落札しました。THE LIVING THEATER(リビング・シアター)の舞台写真。『精神生理学研究所』のあたりから、ここのところ何度かご紹介した戦後の前衛芸術関係資料と同じ旧蔵者の書斎から出現し、市場を通過して小店が落手したものです。
リビング・シアターとは何ぞや? と調べると …
1947年演出家で俳優のジュリア・ベック(Julian Beckと)とジュディス・マリーナ(Judith Malina)夫妻を中心に結成された前衛劇団(wikiの和訳によれば「米国で最も古い実験劇場グループ」)。色々と目を通せば通すほど、重要なんですね。それもかなり。いまのいままで知らなかったとは。いくら何でもアメリカの美術史に疎すぎるだろ。と深く反省しております。
このリビング・シアター、「最大のポイントは、芸術と日常の間に境界線の存在を前提する伝統芸術観を否定して、芸術と日常が同じ地平にあることを主張した点」にあるそうで、どこかで聞いたような…と思われた方はさすがです。「すでに絵画や彫刻など美術界で、ハプニングという形式として実践されていた新しい美学」の方法を演劇に応用したのがリビング・シアターだったと云います。この辺りは 一之瀬和夫「もうひとつの演劇 - アメリカ・オルタナディヴ演劇の系譜」が詳しく、187-188Pあたりにリビング・シアターの説明にあてられています。面白いので是非ご参照下さい。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjstr/41/0/41_183/_pdf/-char/en
今回入荷した写真はA4を一回り小さくしたくらいの大きさのモノクロ紙焼5点。裏面には5枚とも赤色のスタンプで写真家名「PETER MOOR」と「SEP 27 1968」の日付け、手書きで「Paradise Now」と演目のの書き込みがあり、必要情報がほぼ全て特定できる写真です。
「パラダイス・ナウ」(1968)は、「観客を演技領域に誘い込むことで肉体的参加をも引き出そうとする上演」方式をとり、リビング・シアターのもっとも有名な演目のひとつとなります。
写真を撮影したのは前衛芸術・前衛舞踊、パフォーマンスなどの撮影で知られ、とくにフルクサスのジョージ・マチューナス、アラン・カプロー、ナム・ジュン・パイク、その他メンバーの活動に関し膨大な写真を残したピーター・ムーア。裏面に著作権に関する但し書きのスタンプも押されており、ムーアによるオリジナル・プリントとみられます。 

宮澤氏にこれらの写真と、リビング・シアターに関するタイプ打ち原稿とを送ったのはやはりニューヨークで実験的な映画・ビデオを制作、ナム・ジュン・パイクとのコラボレーションでも知られるインター・メディア・アーティストのJud Yalkut。そして、旧蔵者は画像中の黄色い封筒の宛名にもなっている美術出版社・宮澤壮佳氏。見事に役者がそろっていたのでした。
おそらくは、書斎に残されていた蔵書や膨大な数の一次資料の何倍も捨ててきたであろう宮澤氏が、最後まで残していたエフェメラには、21世紀へとつながるメディア・アートに関する一次資料が意図して多く残されていたように思います。
1968年。N.Y.のJud YalkutからTokyoのTakeyoshi Miyazawa氏へ。Peter Mooreが撮影したliving Theaterの「Paradise Now」の写真はフルクサスのメーリング・アートを思わせる封筒込み、一括での販売となります。

こちらも宮澤壮佳氏の旧蔵品。リビング・シアター「パラダイス・ナウ」上演と同じ1968年、近年、時代の転換点とみられてクローズアップされる機会の多いこの年にロンドンで発行された『The Magazine of the institute of contemporaly arts』3冊が入荷しました。
ICA発行の芸術系の機関誌でコテンポリー・アートと云ってはいますが、取り上げられるのは美術だけではありません。視覚詩やアポリネールなど文学から革命まで、記事からは芸術フィールドの広さに照準をあてた編集方針がうかがえます。
ひときわ惹き付けられるのは、表紙から本文、裏表紙まで、大変に優れたデザイン。どの程度かは店頭で手にとってご確認いただければ幸いです。

■今週の斜め読みから。
正気?
https://www.facebook.com/satoshi.shirai.18/posts/5251582051583903
正気???
https://www.facebook.com/shigenori.kanehira/posts/3836018676480061
正気!
https://news.yahoo.co.jp/articles/60409c59a1f64510a8bb6e1120527137119ed4f1 

 

21/03/27 ペール・カストール叢書のナタリー・パランと少年倶楽部の漫画家たち・投稿者たち

■今泉武治旧蔵の写真アルバムが小店に持ち込まれたのは2019年の暮れ、2020年の「銀座 古書の市」の目録発行直後のことだったように記憶します。そのアルバムは戦前の広告研究会の作品を発表した「構図社展」から始まるもので、構図社が結成された森永製菓広告課内で公私にわたり活発だった活動が写真の上に仔細に記録されており、展覧会の全出品写真が揃っているばかりか、裏面に「STUDIO HORINO」のスタンプの押された写真 - つまり、今泉と昵懇だった堀野正雄が撮影した写真- が二十数枚あり …… という調子で、貴重なものであろうことはすぐに分かりました。
以来約1年。当初はっきりと姿のつかめなかった「構図社」の当時の実態がつかめたところで、しかるべき筋の方に納めさせていただいたのが昨年の12月のこと。アルバムの素性と重要性のいかばかりかを調べる途上で、森永製菓広告課の先進性はよくよく理解していたつもりですが、またしても唸らされたのが今週の1冊目。
『MASQUES DE LA JUNGLE』はフランスで発行されたナタリー・パラン作の絵本で、フランスの高名な版元・フラマリオン社が手掛けた名高い絵本シリーズ「ペール・カストール叢書」の1冊です。
ナタリー・パランは小店お客様にはお馴染みかと思いますが、ロシアのブフテマスで構成主義を代表する芸術家たちに学んだアーティスト。鹿島茂先生の『フランス絵本の世界』によれば、「ロシア構成主義の正統な血脈を受け継いだ作家」として位置づけられます。
1933年に初版が発行された『MASQUES DE LA JUNGLE』ですが、今回入荷した1冊の
表紙の裏には、「森永製菓広告課計画係 13.9.27」というスタンプが押されていました。昭和13年は1938年なので、初版発行の5年後ということになります。
この絵本、バラして切り抜くか、手本としてトレースすれば動物の立体的なお面が自作できる、どちらかと云うと設計図といった内容なのですが、いかにもナタリー・パランの仕事らしく、単に「かわいい」というものとはほど遠い。むしろ洗練された大人っぽいデザインで、見るからに計算しつくされたかのような構成や、ニュアンス豊かなリトグラフによる印刷など、贅と工夫を凝らしてつくられていることが伝わってきます。 

森永製菓広告部のなか計画課という部署にあったのだとすれば、ノベルティや懸賞商品のヒントにしようとしていたのではないかと想像できるわけですが、それがナタリー・パランのこの本だとは。さすがは森永さん。
こうなったら今度は「ああ! あれがこうなったのか!!!」という森永物件に是非とも出会ってみたいものです。

2点目は『少年倶楽部資料』と書かれた綴り。表紙は後付けしたもので、中身は戦前の古い漫画の肉筆スケッチと読者からの投稿からなるスクラップ帖のようなものです。
内容はすべてクイズに関係したもので漫画や図解を伴うもの多数。『コグマノコロスケ』の作者・吉本三平、松下伊知夫、井崎一夫、佐次たかし、志村つね平、大野鯛三といった漫画家たちが描いた鉛筆書きのラフスケッチで、それぞれ署名入・設問&回答入り
なかには署名の前に「三光」と書き込みがあるものも多く、「三光漫画スタヂオ」所属の漫画家を使っていたようです。
年代の記載はないものの、絵のモチーフに戦車や飛行船、軍人などが散見されることや、吉本が1940年に没していることなどから、およそ1932・1933年ごろから1940年までにつくられた作品だということになります。
さらさらと鉛筆で描かれた漫画はあくまで下図といった印象のラフなものですが、さこはさすがにプロの仕事、どれをとっても実にお上手。
投稿の方はといえば、言葉遊びのような謎かけから、自ら考案したゲームや身近なものの簡単な製造法、ゴールデンバットの薄紙を使った遊びといったものまで、結構幅があるのが意外でした。
漫画家の作品と投稿の内容とはとりたててつながりがなく、漫画家のラフは設問まで漫画家自身が考案したものなのか、編集者などとの打ち合わせなど含めヒントになる何かがあったのか、つまり、どのようにしてつくられたのかは依然として謎ですが、手間暇かけて厳選(「ボツ」と書かれたものも残っていたり)したものが生き残ったのだろうということ、投稿がそれなりの比重で活用されていたらしいことが伺えます。
投稿についてはもうひとつ、「エッヘン。私がお教えしてさしあげましょう。」的な偉そうな口ぶりも、それだけで蒐集対象となりそうな面白さがあるのを発見して、口振りの抜き書きだけでも蒐集する価値があるのかどうなのかただいま少々思案中。

■今週の斜め読みから。
こちらは米NBCの電子版からだそうで、とくに文末は痛烈。
https://this.kiji.is/748021413764907008?fbclid=IwAR067CJ1PtBLPYrsOG9UOby8hN8KFr6akHqJ2LpzAfWJ3qKhjbuQecyJuho
こちらはこちらでまた問題の重大性に気付いていないお歴々のやらかすことと云ったらもう。これでもまだ民主主義国家? 先進国?? 正気???
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20210322/pol/00m/010/003000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20210323 

 

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