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19/03/02 プラン社と松竹座とメトロポリスと

■1枚の紙を三折りにしたこの簡単な印刷物を手に入れていなかったら、その存在を見逃していた広告代理店の営業案内「商売の繁栄は広告プランにあり」と喝破するプラン社なるこの会社の社名、思えば広告代理店には大変に相応しい。戦前の会社としてはかなり先取りした感もあります。
しかも、「広告図案部」と「広告写真部」には松野一夫、東郷青児、河野鷹思、谷口健雄、名取洋之助などの名前が並び、こうした人たちの作品 - 松野による『新青年』や河野による『NIPPON』の表紙など!-まで掲載されているではありませんか。「広告文藝部」には北村小松の名前が見える他、横山隆一と清水崑の名前が並ぶ「広告漫画部」まで、プラン社にはあった模様。
これだけの超強力布陣を敷きながら、しかしプラン社についての言及を探しても探しても見つからず、いまのところこれがほぼゼロと云ってよい状況。会社の実態がどの程度だったのか、疑いが頭をもたげてきました。
しかも、オールスターキャストというべき陣容に、「もしかして弱小事務所が風呂敷広げただけだったりして」と思っていたところ、『日本デザイン小史』に谷口健雄が寄せた文章に、多田北烏が主宰した商業美術の研究所「サン・スタジオ」を経て、昭和10年頃に「銀座のデザイン工房プラン社(前、ヘチマコロン広告部長松田篤幸氏主宰)へ勤務するようになり、そこではじめて河野鷹思氏にお会いし」たと云う一文を見つけました。
確かに、「広告相談部」の4名の中に、松田篤幸の名前が記載されていることから見ても (兼業作家が多そうですが、社外スタッフの先取りとも云えるし)、こうした関係者名も含め、しっかりした実体を備えた会社だったと見て良さそうです。
「広告相談部」筆頭は勝田重太郎。戦前の京城日報社から戦後の信越放送局創立、産業経済新聞社社長など、メディアの経営に手腕をふるったらしく、広告代理店という業種、プラン社という社名、豪華スタッフなどの裏には、常にこの人が居たのではないかと想像しております。
手掛かりが少なく実体の見えにくいプラン社。解明を志す方の登場を期待いたします。 

久しぶりに『松竹座ニュース』が入荷いたしました。120点というまとまった入荷ですが、ほとんどが「京都 新京極」の松竹座のもので、昭和4(1929)年を中心に大正14~昭和6(1925~1931)年頃の発行分
構成主義、幾何学的抽象、コラージュやモンタージュ風など、“これぞ松竹座! ”というのを抜いてみていたところ、あまりに有名になり過ぎたのでまさか出てくることなどないだろうと思っていた「メトロポリス」が出てきたではありませんか!
松竹座のメトロポリスは小店ではもうかれこれ15年ぶりくらいになるでしょうか。
中央にアンドロイドのマリアを立たせた機械主義的デザインと、黄色と茄子紺の色彩が強い印象を与える好デザインで、しかも当意匠は小店初見。加えて状態は完璧。
件の1冊は表1・表4が二色刷り、表2・表3と本文モノクロ印刷という通常の松竹座ニュースの体裁をペースに、両面カラー印刷・単独で見るとチラシのような使い方もできるカラー印刷物1枚を、ノド余白部に糊付けしたもの。
画像には入れられませんでしたが、当品表紙は何度も見てきたものなので、メトロポリスが出てきたのには本当に驚きました。
松竹座は当時全国で5館。それぞれに封切り前の告知が1~2点、封切り週のものが1点、少なくとも10~15種の「メトロポリス」があっておかしくありません。かつて最大で6種まで揃えたことのある小店ですが、まだまだ未見があるはずかと思うと、あとの面倒のことを忘れてついつい手を出してしまう松竹座ニュースなのでした。

■今週はこの他、戦前海外渡航者が持ち帰ったチケット、ラゲッジラベル、領収証などが一袋、能装束の木版刷り意匠集5冊、築地小劇場のポスター1点などが本日土曜日店に入ります。
 
森羅万象に対応するヒトは、「私が国家」と云いだすし、「7割」の反対は一部だとして片付けられるし、そもそも信頼に足る統計があるのかどうかもあやしいものだし。
そんな時に、頼りにしたいマスコミの現状について。もはや記者自身によって崖っぷちか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190301-00116654/
私はここに名前を連ねて、せめて現状への異議ひとつ、表明しておこうと思います。
https://petitions.whitehouse.gov/petition/save-democracy-and-coral-reef-okinawa
あ。国家のヒトに質問です。サンゴは本当に移したのでしょうか?
 
 

 

19/02/23 回転覗き絵、みつこし、そして海藤日出男・赤瀬川原平

■今週水曜日、前回更新時に残っていた半分について、追記するというお約束を果たせてほっとしたのも束の間、ここからが今週の本番、またまた更新作業で精魂尽き果てる深夜~早朝がやってまいりました。
年単位での、とはいえ還暦までのカウントダウンが始まっていること、近年とみに減退する体力気力に集中力を思えば、週一でほぼ完徹に近い一日が巡ってくるこの状況を真面目に何とかしたいと思う2019年ももう3月が目と鼻の先。
あ! 1962年、ジョン・ケージ初来日に関する海藤日出男旧蔵品 - ジョン・ケージの献呈署名識語入初版本や吉岡康弘ヴィンテージ・プリントなど - について少し詳しく追記しましたので、 19/02/16付け更新分、是非お読み落としなく!!!

さて、今週は月曜日の中央市大市、金曜日の明治古典会で落札した商品からのご案内。落札品はまだまだあって、しかもなかなか面白いのですが、残りはおいおいご紹介するとして、今日のところは3点。
最初はアニメーションの元祖とでもいうべきもので、日本語で「回転覗き絵」、欧文でゾエトロープとかゾートロープと呼ばれています。
外側に細いスリットを入れた黒い紙を用意、これを筒状に巻いた簡単な道具をつくってその内側に画像のようなコマ送りの絵をセッティング。筒状の装置を回転させると、目の錯覚で絵が動いて見えるというもの。その原理はそのままアニメーションと同じ。

入荷したのは全て図版の異なる10点で、全点木版刷。それぞれ長さにして約90cm、12~13コマから成るもので、比較的大ぶりな装置を必要とするものであることから、例えば見世物や夜店などで使われていたのではないかなどと考えているのですが詳細は全く不明。何しろ時代や国籍からして不明なもので(木版は日本製を思わせ、一方図版は欧米か? →海外のを引き写した日本製???と推測しているものの)、これ以上のことになると小店店主レベルでは全く歯がたちません。
ただただ珍しいのと絵が面白いながらも洒落ものである (どこか谷中安規風)のを良いことに、売る気より欲しい気持ちが勝っての落札でありました。
同業者に誉められた目録は売れない。店主の惚れ込んだ商品は売れない。この二つは小店店主疑うことのない事実でありまして、果たして売れる日は来るのでしょうか …… 。
 
■久しぶりに入荷叶った『三越』三越大阪支社が発行していたもので、昭和16年から17年にかけて発行されたものの内、16冊が入荷しました。『三越』『大阪の三越』はまだ市場でも比較的よく見る商材ですが、戦時色をまとい始めるこの頃以降の号はなかなか出てきてくれません。
先ず目に留まるのは表紙の見事さ。戦時色への傾斜 - 或いは強制? もしや忖度? - は見るからに明らかですが、兵隊を描き、進軍異郷を描いてまだそれでも明るさが残ります。また、趣味的なデザインが残っているのも"時代"のお陰。
表紙のデザインに目を奪われる方も多いと思いますが、実は裏表紙にまでカヴァーするイラストが大変瀟洒。画像でご紹介しきれないのが悔やまれます。また、イラスとレーターの記載なく現段階では謎。相当うまい人ですが。
各号20~24P。流行及び時局を反映した商品の紹介、店内・催し物等の写真と、軍関係者と時々文士が寄稿するテキストとが6対4位の割合で、それでもまだ多少余裕のある紙面構成と云えそうです。
グラビア記事として、店内スナップ・戦時下のみつこし、大南洋展覧会、婦人国民服が決定しました、新生活様式第一回試作品より、戦線へ慰問袋を!6階慰問品売場、など。グラビアという分類でいくと、毎号1頁のスペースをとって出稿している「クーラン粉白粉」の広告は全て新興写真の影響大きいモダンなテイストで強い印象を与えます。

テキストでは目立つの太宰治「天狗」、織田作之助「秋の暈」、室生犀星「信濃の家」などの随筆と入江泰吉の論説「大阪の工芸 大東亜のもとに」等。他には南方共栄圏戦時下の料理といった記事が続きます。
東條英機が「戦陣訓」を通達したのが1916年の1月。8月にはアメリカが石油の対日輸出全面禁止を発表。日本に暮らす人々は、それでもまだまだ案外明るく暢気に生きていたのかなぁと思う2019年2月現在です。

■あああ!!! 海藤日出男旧蔵としてはもうひとつ、赤瀬川原平の海藤宛年賀状も入荷いたしておりますこちらも併せてお見落としなく!
 
それにしても。こういう記事を読むと、先進国どころか法治国家でもなく民主主義国家でもなく、一流国でもなく三流国以下。いつの間にやらア●氏の独裁政権になっていたとは…
 
カジワラさん「入国時、約2時間入管で足止め」
https://mainichi.jp/articles/20190220/k00/00m/040/173000c
戦場ジャーナリストが日本から消える? 
https://article.auone.jp/detail/1/2/2/103_2_r_20190207_1549526985772559
「記者が国民の代表とする根拠を示せ」官邸側が東京新聞に要求
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190222-00010004-nishinpc-soci
こんなのも。もしETV特集なかりせば…
 https://toriiyoshiki.blogspot.com/2019/02/blog-post_21.html?m=1
 

19/02/16 モダンと前衛 … 1960年代の草月は

■実は『飛行官能』落札前の市場での落札品。いずれも“珍しい”の1点で見れば『飛行官能』以上と云うレアものではありますが、さて、反応のありやなしや。

あれ? 東京国立近代美術館のバウハウス展の? と思えばさにあらず。あの“草月会館”で、1963年2月20日から26日まで開催されたバウハウス展 --『草月とその時代 1945-1970』(1998年 芦屋市立美術博物館・千葉市美術館)によれば「バウハウス 1919-1933年の間の理念と制作 精神と生活を示す展覧会」 -- の招待状
同展については12Pほどの冊子が出ていますが、たった一週間の展示にこんな招待状まで用意さしていたとは !
招待状は9.3×9cm3面縦つながり両面=全6面から成るタトウ代わりの白い厚紙に、紙質の異なる9cm×9cmの色違いのカード4枚と薄紙を円形に型抜きした1枚。
この形状から考えて、専用封筒、正方形のカードと同色の円形の薄紙あと3色分がついて完品ではなかろうか…? というギモンがわいてきます。ギモンがわくとは云っても、何しろ関係資料をめくってもG先生経由でケンサクに励んでも、どこにも影も姿も見つからないいま現在、現状ママで評価額をつけますので、現品とその金額とにご納得いただければお求め下さい、ということになろうかと思います。小店、今回初見。そしておそらく今後、あっても1~2回程度扱えれば良い方ではないかと思うレアな紙モノであることだけは間違いなしです。
画像一番手前の赤のカードが左下角に切取線の入った招待状。ヴァルター・グロピウスの写真をあしらったブルーのカードの裏には国立西洋美術館館長・富永惣一、草月会会長・勅使河原蒼風の、オレンジの裏はドイツ大使と当時国立近代美術館次長だった今泉篤男の、グリーンのカードには東京・ドイツ文化研究所のDr.ベルンハルト・グロスマンと瀧口修造の、つまりは主催 東京・ドイツ文化研究所と草月会、後援 ドイツ大使館・国立近代美術館・毎日新聞という、展覧会に関わった各所から毎日新聞を除くひととおりの関係者、プラス瀧口の小文を配した格好。ナリは小さく瀟洒なたたずまいですが、なかなか高度な収納能力発揮しております。 

さて、デザインは誰か? ですが、頼りの綱の芦屋市美の図録にも、そもそも当品が掲載されていないので、明記されているわけではないのですが、グリーンのカードに使われてする図版と同じ図版をモチーフとしたポスターのデザインに杉浦康平の名前がクレジットされていることから、招待状についても杉浦の仕事か? とも思いますが、そのたありのことについてはご購入者の方の探求にお任せしたいと思います。従って、探求者 現れるのか!?というのが一番の問題。

画像2点目は“ジョン・ケージ・ショック”を巻き起こした1962年のケージ初来日時の写真他

■さて、ここからがお約束の追記です。昨年の11月末頃から何度か、海藤日出男旧蔵の - 或いはそうと思われる - エフェメラの類が市場に出品されています。海藤日出男は読売新聞社文化部次長の後、『草月』の編集長などを務めた人。表舞台に出るのを嫌った人らしく、瀧口修造と親密に交流、実験工房や読売アンデパンダンと深いかかわりをもち、晩年にはクリストのアンブレラに関係するなど、戦後日本美術史の裏側で多大な影響力をもち続けながらあまり注目されてこなかった人物です。もったいない。

昨年12月1日にご紹介した瀧口修造の手製10部雑誌『A Swift Requiem : Marcel Duchamp 1887-1968』も、献呈先が記されていなかったのではっきりとは云えませんでしたが、その後の出品などから推測するに、やはり海藤の旧蔵品であった可能性が高そうです。ちなみに『A Swift Requiem』については下のアドレスで。
http://www.nichigetu-do.com/navi/info/detail.php?id=1304
この後、昨年2度目となった海藤旧蔵品出品の市場は所用で行けず、今年になってからの3度目の出品で落札できたのがこの1点。実は最も欲しかった瀧口修造のテレックス申込書 - マルセル・デュシャン宛て! -は、1枚の紙ものとしては小店最高価格となる入札価格で臨むも不首尾に終わり、落札できたのがテレックスの次に狙っていた画像2点目のジョン・ケージ関係でした。
画像一番左に位置いる書籍は1962年発行の『John Cage』(Edition Peters 初版)で、海藤日出男宛の署名とともに、「1962年10月」と「午後、我々は1963年の10月のことについて考えていた」という短いけれど印象的な言葉が英語で添えられています。
写真3点はいずれも裏面に書き込みあり。全点鉛筆で「撮影・吉岡康弘 1962.10」の他、一番下の写真1点(大判)には「Osaka」の走り書き、上2点には「いけ華40号 座談会『ジョン・ケージ/デヴッド・テュードアを囲んで』に使用」という書き込みと「草月資料部」のスタンプがあり、1962当時雑誌掲載に使われたオリジナル・プリントと見られます。
『草月とその時代』によれば、「座談会」と書かれた写真は2点は10月10日、ケージ、テュードア、小野洋子が出演した「Evening of Devid Tudor-sogetsu contemporary series 17」、ケージとテュードアが並んだ写真は10月17日御堂筋会館での「ジョン・ケージとD.テュードアのイヴェント-sogetsu contemporary series 18」のものと見られます。 

吉岡康弘は赤瀬川原平などとともに読売アンデパンダンのお騒がせメンバーの一人で、1963年には掲載されている吉岡の写真が猥褻であるとして発禁となった『赤い風船 あるいは牝狼の夜』でご存知の方もいらっしゃるかも知れません。
楽譜の複写は袖を折り返した部分に「ケージのピアノとオーケストラのためのコンサートの楽譜」という書き込みがありますが、草月コンテンポラリー17、18の演奏曲目には記載なく、『いけ華』のための参考資料か時期の異なるコンサートの時のものなのか、そもそも誰の筆跡なのか、残念ですが詳らかにはいたしません。
もう1点、タイプ打ちテキストが複写された白い紙は詩人で荒川修作のパートナーだったマドリン・ギンズのメーリング・アートの一種。この用紙が送られた人が文章のブランクの部分を埋めて、N.Y.のギンズの私書箱宛てに返送するというもの。その全体を「グループ・ノベル」と名付けています。これだけはケージと無関係ですが、荒川もまた読売アンデパンダンの生んだアーティストのひとり、海藤との結びつきは自然。
海藤は草月流の勅使河原蒼風・宏父子とも親交深く、この頃すでに草月出版とも強い結びつきをもっており、どこから見ても海藤旧蔵としておかしくないユニークな一式です。
 
 

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